猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症

【症状】
発熱や下痢などの「急性期」、口内炎や慢性皮膚炎など
「エイズ関連症候群」期から、日和見感染の「エイズ」期へ


illustration:奈路道程

 

 外出自由の暮らしをしている飼い猫が感染しやすい病気の一つが、猫免疫不全ウイルス(FIV)、俗に猫エイズウイルスと呼ばれるウイルスの感染症である。
 FIVに感染後三十日から六十日ほどたつと、熱が出たり、リンパ腺が腫れたり、下痢をしたり、鼻水が出たりといった症状が現れてくる。そんな症状が数週間から数か月続く。この期間が「急性期」である。その後、FIVは、感染猫の体内のリンパ球の中に身を潜めて潜伏状態となる。これが「無症状キャリア期」で、二、三年からそれ以上、時にはその猫が寿命をまっとうするまで続く時もある。
 やがてリンパ球内に身を潜めていたFIVが、何かの刺激を受けて目を覚まし、活動を開始する。FIVが攻撃するのは、猫の体内に侵入する病原菌やウイルスなどをやっつけるT細胞(細胞性免疫)である。免疫力が低下しだした猫は、口内炎や慢性皮膚炎、慢性の下痢などに悩まされていく。これらの症状は「エイズ関連症候群」と呼ばれ、エイズの前段階にあたる。
 その状態が一、二年続く間に免疫力が極端に低下して、ついに最終段階の「エイズ(後天性免疫不全症候群)」期となる。そうなれば、貧血も激しく、ガリガリにやせ、免疫力がほとんどなくなり、皮膚がんやリンパ球のがんなど、様々な悪性腫瘍にかかりやすくなる。また、元気な猫には無害な、空気中を漂うカビや生活環境に常在する弱い細菌などに感染(日和見感染)し、エイズ発症後数か月ほどで死亡する。

【原因とメカニズム】
野良猫の増加、過密化と長寿命化で感染被害が深刻化
   FIV(猫免疫不全ウイルス)の存在がアメリカで発見されたのは、今から二十年ほど前のことだ。しかし、ライオンやチーターなど猫科動物にはそれぞれ固有の類似ウイルスの感染が知られることから、猫たちとFIVとのつき合いは、原始の猫科動物の時代にさかのぼるほど古いと考えられている。
 つまり、FIVは自己および子孫繁栄のために、恐ろしい「免疫不全」機能をむやみに発揮せず、感染動物(猫)をなるべく長く生かす戦略を採用してきた。だから、FIV感染後、「無症状キャリア」期が長く、「エイズ」発症まで四、五年、あるいはそれ以上もかかるため、野外暮らしが一般的だった時代、平均寿命の短い猫たち(野良猫で平均四歳前後)は、感染しても発症前に亡くなっていた可能性が高い。
 また、FIVの感染力は非常に弱く、猫同士のなめ合いなどで感染することはあまりない。それに出産時、子猫は袋に包まれて生まれてくるため、母子感染も起こりにくい。FIV感染猫とケンカして出血するほどにひどくかまれ、感染猫の唾液中や血中から、直接非感染猫の血中にウイルスが侵入して初めて感染する程度なのである。そのため、狭い区域にたくさんの野良猫が暮らし、互いの縄張りが重なって、縄張り防衛のため、また異性獲得のために、猫同士が激しいケンカを繰り返さざるを得ないような地域でなければ、それほど感染は広がらない。日本で猫エイズ問題が深刻化している背景に、猫(それも野良猫)の頭数の増加、過密化と、猫たちの長寿命化が潜んでいるといえるだろう。

【治療】
「エイズ」期以前なら、対症療法で症状緩和
   先にふれたように、FIVは、潜伏期には猫の免疫を担うリンパ球の中に潜み、活動期に入ると、細胞性免疫の主役であるT細胞を攻撃して免疫力を低下、無力化させる。体に侵入したウイルスや細菌などを攻撃すべき「免疫」機能が破壊されるため、FIVを退治する方法がないのである。
 しかし免疫機能が破壊される「エイズ」期以前なら、口内炎や慢性皮膚炎など「エイズ関連症候群」の諸症状を抑える対症療法を行うことができる。また、ウイルス感染の潜伏期も長いため、時にはFIVに感染していても、存命中に「エイズ」の発症を免れる猫もいる。
 ある調査結果では、FIVに感染した「無症状キャリア」期の猫のなかで、エイズ前段階の「エイズ関連症候群」期に移行するのは一年に一割前後といわれている。だから、たとえ一歳で感染しても、十歳前後まで生きる可能性もありうる。わが家の愛猫がFIVに感染したからといって悲観せず、十分な生活環境を整え、栄養価の高い食事を与え、ストレスの少ない暮らしを確保すれば、発症時期を遅らせることも不可能ではない。

【予防】
室内飼いに徹し、感染猫との接触機会を絶つ

   FIVは、主に猫同士の激しいケンカなどによるかみ傷などから感染する。だから、室内飼いに徹し、感染猫との接触の機会をなくせば、感染する恐れはない。家の中で、できるだけ猫、人間共に住み心地のいい生活環境を保つことに努めていただきたい。
 また、多頭飼いの家庭なら、飼い始めに、新参猫の健康チェック、感染チェックをきちんと行うことが大切だ。FIV感染後、六十日経過しないと、FIV陽性反応が出ない猫もいるため、少なくとも二か月ぐらいは別室、もしくは専用のケージ生活を守って、検査結果が出るのを待てばいいだろう。なお、現在、日本にはFIV予防のワクチンはない(米国で市販されているワクチンも、予防効果はそれほど高いものではない)。

*この記事は、2003年12月20日発行のものです。

監修/赤坂動物病院医療ディレクター
日本臨床獣医学フォーラム代表  石田 卓夫
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