ネコ白血病ウイルス 猫は人とウイルスのどちらを共存相手に選ぶべきか 20世紀末日本の猫社会で猛威をふるっているウイルスの一つが「ネコ白血病ウイルス」である。 白血病以外に、細菌感染症、貧血症、赤血病、リンパ腫などさまざまな病気を引き起こすこのウイルスと猫との関係について考えてみる。 監修/日本獣医畜産大学獣医学部 助教授 石田 卓夫 |
ネコ白血病ウイルスは万病の元 |
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猫の白血病細胞の表面から出芽するFeLV(100〜120ナノメーター)。 |
「ネコ白血病ウイルス」(獣医界ではFeLVという)は、たまたま白血病を患っている猫から最初に発見されたためにそう命名されたが、「白血病」以外にもさまざまな病気をひきおこすウイルスである。 感染経路は主に猫の唾液から。体内に入ると血液を造る骨髄に感染し、赤血球や白血球などの造血に悪影響を与えることになる。たとえば、正常な赤血球が順調に造られなければ、貧血となる。異常な赤血球が増えれば赤血病。異常な白血球が増えれば白血病。正常な白血球が破壊されれば、細菌感染に無防備になり、猫エイズによる免疫不全と同様の感染症に苦しむことになる。異常なリンパ球が増えれば、胸や腸などでしこりができリンパ腫(がん)になる。まことに性悪なウイルスがFeLVである(これらの病気をFeLV感染症という)。 とくに猫の白血球が減って体の抵抗力が落ち、鼻かぜや下痢症状が続いたり、細菌感染がおこることが多く、猫エイズウイルス発見(1987年)以前は、このFeLVが猫のエイズウイルスではないか、という説が有力だったほどである。 |
感染初期に適切な治療をすれば、自然治癒率は高い |
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先に主な感染源は唾液といったが、ウイルス感染した母猫に舐められて育つ子猫がFeLVに感染する確率が非常に高い。ことに生後4週間までの抵抗力の弱い子猫が危険で、離乳後でも子猫がいったん感染すれば、治癒率はせいぜい50%ぐらい。現在はすぐれたワクチンもあるが、免疫のない幼猫にはワクチンも役に立たず、幼子期に感染した猫の多くが、感染後2年以内に前記のような、さまざまな感染症をおこして死亡する。 もっともウイルスは生き物の体内に寄生して生き続けるのが基本的な生存戦略だから、宿主が絶滅すれば自分たちの命も終わる。そのため、ウイルスは宿主となる生きものと共存するシステムを備えている場合が多い。だから、抵抗力の強い、生後1年以上たった成猫なら感染初期に適切な治療を行い、ウイルスの働きを抑え、体内の免疫を助けてあげれば80〜90%の確率で自然治癒するのである。大切なのは、感染後1ヵ月。熱が出たり、激しい下痢が続いたり、変だなと思ったら、すぐに動物病院へ駆け込むこと(感染後3週間以上たたないと検査をしても陽性反応が出ないから要注意)だ。治療には、インターフェロンを使ってウイルスを弱め、その間に猫の免疫を高める方法が有力である。そうして自然治癒を待つ。 といっても、愛猫の命を、運を天にまかせる自然治癒だけに頼っていては情けない。大切なのは、予防の徹底である。 |
性悪なウイルスから猫を守るために |
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繰り返すが、FeLVの感染源は猫の「唾液」である。もっともウイルスの感染力は弱くて、1,2度感染猫の唾液がついたぐらいではまずうつらない。濃密な関係を保つ母子感染か、猫同士のケンカによる咬み傷による以外はほとんどFeLVにかかる可能性はないわけだ。母猫からの感染が恐いのなら、雌猫のウイルス検査をして、感染猫が子どもを生まないように避妊手術すればいい。猫同士のケンカを防ぐには、家猫を外出させないのが一番だ。 ワクチンを射っていれば大丈夫だと思っている飼い主も多いが、100%の予防率をもつワクチンはないし、家の外に出れば、猫エイズウイルスに感染する可能性も高い。ワクチン接種をしても、安全のために外出させないことが望ましいのである。 猫のケンカが多いのは、飼い主となる人間社会が過密状態で、必然的に人間と暮らす猫たちも過密になり、互いのなわばりが重なってしまうからである。家のまわりに広い庭や野原のある地域ならともかく、ほとんどの家猫は、いったん外出すれば、自分のなわばりを自力防衛せざるを得ない。つまり狭い日本では猫のケンカが絶えず、ネコ白血病ウイルスや猫エイズウイルスが猛威をふるうのも当たり前というわけである。 となれば、わが家の猫が健康で長生きすることを願うなら、家の中を猫のなわばりとする以外に方法はない。猫派には、「やはり猫は自然の中で放し飼いするのがいい」と考える人も少なくないが、文明化した人間がワイルドライフに不向きなように、猫や犬は「野生」でも「自然」でもありえない。人間との共生が一番の「幸せ」なのである。それに猫の人生最大の価値は、自分のなわばりを確保すること。家の外になわばりがあれば、その巡回が重要な仕事となるが、家の中に住み心地のいい自分専用のなわばりがあれば、意外にあっさりと家の中で暮らしだす。 気ままな人間と暮らし始めて5,000年。小さな船を生涯の住みかとする猫も無数にいた。彼らの人間生活適応力のすごさをあなどってはいけない。 |
*この記事は、1996年11月15日発行のものです。 |
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