ヘルニア

【症状】
呼吸困難や心臓の拍動異常、嘔吐、
あるいは「出べそ」や「脱腸」のような症状


illustration:奈路道程

 ヘルニアとは、体の中の特定の場所に収まっているべき臓器、組織などが、体腔の「すきま」から押し出された状態(症状)を言う。とりわけ、いろんな臓器や脂肪組織などが詰まっている腹腔にかかわるヘルニアが多く、“出べそ”として知られる「臍ヘルニア」や、“脱腸”として知られる「鼠径ヘルニア」などのほか、「横隔膜ヘルニア」や「会陰ヘルニア」などがある。
 猫は、犬に比べてヘルニアになるケースはかなり少ないが、そのなかで、最も症例の多いのが「横隔膜ヘルニア」である。「横隔膜」とは、心臓や肺のある「胸腔」と胃腸や肝臓、腎臓などの臓器が集中する「腹腔」とを隔てる、筋肉と腱からなる薄い隔膜で、肺呼吸に重要な役割を果たしている。
 この横隔膜が何らかの原因で裂けたり、形成不全だったりして出来た裂け目、すきまから肝臓や胃腸などが胸腔内に押し出されたものが横隔膜ヘルニアである。この症状になると、肺が圧迫されて呼吸困難になったり、心臓が圧迫されてうまく拍動できなくなったり、胃腸が圧迫されて食欲不振になったり、嘔吐したりすることもある。
 猫で次に目立つのが、腸管や脂肪組織が脚の付け根(鼠径部)にあるすきまから大腿部の方に押し出されたり(鼠径ヘルニア)、へその辺りのすきまから皮下に押し出されたり(臍ヘルニア)するケースである。すきまが小さければ、脂肪組織の一部が出るくらいだが、大きくなると小腸などの腸管が出入りする。それだけならそれほど問題ではないが、腸管の一部がすきまに詰まり(これを「嵌頓ヘルニア」と言う)、嵌頓した血管がうっ血して腫れ、ついにその部位が壊死して腹膜炎などになることもある。

正 常 横隔膜ヘルニア
  横隔膜が裂けて、肝臓、
胃などが胸腔に入ったケース

【原因とメカニズム】
事故やパニックが原因する「膜」の裂け目や、
生まれつき広いすきまから、臓器や組織が出る
   横隔膜ヘルニアの原因で最も多いのが、交通事故などの突発事故である。飼い猫が家の外で車にはねられ、その衝撃で横隔膜が裂け、腹腔内の肝臓や胃腸などが胸腔に押し出されて肺や心臓を圧迫。命拾いしたものの、よたよた帰宅したところを飼い主が発見し、慌てて動物病院に駆け込むケースが少なくない。心臓と肺しかない胸腔に比べて、腹腔には、胃腸や肝臓を始め多くの臓器が集中するので腹圧がとても高く、横隔膜が裂けると、腹腔内の臓器が胸腔に入りやすいわけだ。
 もっとも、事故などの外傷がなくても横隔膜が裂けてしまう猫がいる。それは、屋外で外敵に出会ったりしてパニックになり、猫の横隔膜が耐えられる以上の力が急激にかかって横隔膜が裂けるのではないか、と考えられている。そのほか子猫の場合、横隔膜と一体になって形成される、「心嚢」と呼ばれる心臓を包む心膜の形成が不完全で、腹腔内の臓器が直接心臓を圧迫する「心嚢横隔膜ヘルニア」などの先天性疾患が発見されることもまれにある。
 鼠径ヘルニアや臍ヘルニアになる猫の場合、その部位にあるすきまが、生まれつき通常のサイズより広いことが原因である。例えば鼠径部(脚の付け根)には、腹腔から大腿部へ伸びる動脈や静脈、神経などが通るすきまがある。また、へそは、胎生動物が母親の胎内にいる時、胎盤を通じて母親から栄養補給や老廃物の排せつを行う「へその緒」の跡で、腹腔を保護する筋肉や筋膜のすきまとなっている。通常は直径数ミリだが、なかには直径数センチの猫もいる。そのような広いすきまから、腸管や脂肪組織が押し出されることになる。なお、「脱腸」とも言われる鼠径ヘルニアでは、腸管や脂肪組織だけでなく、メス猫の場合、まれに妊娠子宮が押し出されることもある。

【治療】
押し出された臓器・組織を元に戻し、
裂けた「膜」を縫い、広い「すきま」を縮小する
   肺や心臓に悪影響を与える横隔膜ヘルニアの場合、レントゲン検査で状況をよく把握した後、開腹・開胸手術を行い、胸腔に入った臓器、脂肪組織などを元の腹腔内に戻し、裂けた横隔膜を縫い合わせる。もちろん、交通事故などの外傷があれば、その治療も行う。
 鼠径ヘルニアや臍ヘルニアの場合、周辺の筋肉や筋膜を寄せて、広いすきまを通常のサイズにまで縮小する。もし腸管が詰まって壊死していれば、その部分を切除して腸管を縫い合わせなければならない(脂肪組織が詰まって、その周りにある血管が圧迫されて壊死することもある)。そのすきまが、腸管が自由に出入りできるほど広ければ、腸管が詰まる恐れは少ない。しかし放置しておけば、何かの事故や猫同士のケンカで、皮下まで出てきた腸管が傷つく可能性がある。早めに治療したほうが安全だ。

【予防】
横隔膜ヘルニア予防には室内飼いの徹底、避妊・去勢を

   交通事故などによって発症しやすい横隔膜ヘルニアの場合、予防の基本は、外に出さず室内飼いに徹することだ。また、発情期に起きやすい不意の飛び出しを抑えるために、避妊・去勢をするのもいいだろう。
 生まれつき、すきまの広い鼠径ヘルニアや臍ヘルニアの場合、成長に従って、すきまも拡大する場合があるので、グルーミング時などに飼い主が、出べそや脱腸として発見しやすい。そんな時は、かかりつけの動物病院に相談してほしい。

*この記事は、2004年4月20日発行のものです。

監修/動物メディカルセンター 院長 北尾 哲
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