慢性腎不全
もともとあまり水を飲まないネコが、よく水を飲みだし、 よくオシッコをしだす。あるいはこのごろ、 ネコのオシッコの臭いがあまりしなくなった。 そんなとき、まず注意すべきは慢性腎不全である。
監修/ 麻布大学獣医学部助教授 渡邊俊文

若年からじわじわ 悪化する腎不全

イラスト
illustration:奈路道程

 

 ネコが十歳前後になってわずらう病気のなかで、とくに多い病気のひとつが慢性腎不全である。そのため、腎不全は一見、老年病の代表と思われやすい。しかし腎臓は、元来、私たちが考える以上にタフで、臓器全体の四分の三ほどが機能障害を起こすまで、どうにか腎機能を働かせ、目立った症状が現れにくい。若く、元気なうち、たとえば三、四歳前後に、なんらかの要因で腎臓が侵され、じわじわと機能障害が進行して、ついに十歳前後、許容ぎりぎりになって、腎不全に到るわけである。  腎臓は、言うまでもなく、体の中の老廃物やアンモニアなどの毒素を血液中から濾(こ)しとり、一方、それに混じる有用なアミノ酸やブドウ糖、水分などを再吸収して血液にもどし、ほんとうに不必要、有害な物質(尿素)だけを尿として体外に排泄する。同時に血液の濃度を一定に保つため、排泄する水分の量を調節。また赤血球の数が減ったり、血液中の酸素濃度が減ると、造血ホルモンを出して、骨髄に赤血球をたくさん造るように指示するなど、きわめて重要な役割を果たしている。  腎不全になれば、それらの機能が極端に低下する。だから、尿毒素が血中を循環して、吐き気がしたり、食欲がなくなったり、口内潰瘍を起こしたり、下痢が止まらなくなったりする(さらにひどくなれば、尿毒素が脳を侵す)。  そのような症状が現れれば、人間なら、生涯、人工透析を続けるか、腎移植を受ける以外に命を長らえる途はない。しかしネコや犬の場合、そのような延命手段はない(ごくまれに、一時的な救命手段として、人工透析を行う獣医療機関はあるが)。

結石や細菌感染、 ウイルス感染に要注意
   慢性腎不全の要因と考えられるものはいくつかある。そのひとつは、ネコが若いとき、膀胱結石や尿路結石、腎結石を起こした場合である。結石によって、尿の排泄が制限されたり、ストップして、腎臓が圧迫され、腎機能がダメージを受けやすい。あるいは、細菌性の膀胱結石などの場合、尿管を通して、腎臓が細菌感染しやすくなる。また、ネコエイズやネコ白血病ウイルスにかかると、ウイルス感染で腎臓に影響をおよぼす場合も考えられる。  そのほか、先天的な腎機能不全形成など遺伝性の場合もある。もちろん、特別、それらの病因がなくても、ふだんから塩分の多い食餌を与えていると、腎臓は徐々に痛んで機能を低下させ、ついに腎不全となることも多い。  とにかく、若いときに何らかの要因で、腎臓がダメージを受け、年とともに悪化。年老いて、慢性腎不全となるわけである。  治療のポイントは、初期の段階で、いかに早く腎機能の低下を発見するかである。はじめにふれたが、腎臓は意外に丈夫で、明らかな症状が出るのは、腎臓が悪くなってから相当の年月がたっているのがふつうだ。だから、年若くても、いつもより水をよく飲みだしたり、よくオシッコをしだしたり(多飲多尿)、本来、臭気の強いネコのオシッコがあまり臭くなくなったりしたら、初期症状を疑って検査を受けることが大切だ。やがて症状が悪化すると、薄い血尿が出たり、タンパクが出たりする。

三、四歳からの定期尿検査で
早期発見・早期治療が大切
   症状が軽ければ、尿毒素の量を減らすために低タンパク質・低塩分の食餌を与える食餌療法を続ける。あるいは、利尿剤を使って、低下した腎機能の手助けをする。  腎機能が低下すると、尿毒素だけでなく、余分な水分を排泄しづらくなるので血圧が上がり、血圧の上昇がさらに腎臓に負担を強いて、悪循環を起こす。そのために、抗高血圧剤を与えることもある。さらに症状が悪くなれば、経口炭素吸着剤を毎日飲ませて、消化器官内で尿毒物質を吸着させ、便とともに排出させる治療法もある。  以上のような治療法によって、症状はかなり改善されることが多い。しかしそれらは、あくまで症状緩和のための治療で、根治療法でなく、時間の経過とともに症状が悪化することは避けられない。  三、四歳ぐらいから、年に一度か二度、定期的に尿検査を受けて、早期、初期の段階で治療をはじめることが求められるのである。  また一般的な予防策としては、膀胱結石、尿路結石を防ぐために、小さいときからマグネシウムなどをあまり含まないフードを常用する。塩分の多い食べ物を与えない。外出を避け、定期的にワクチン接種を行って、ウイルス感染の機会を減らすなど、基本的な健康維持のための生活管理を行うことが必要だ。  ついでに言えば、慢性腎不全は、ネコだけでなく、犬にとっても多い病気である。こと腎臓に関しては、大きさはずっと小さいが、ネコのほうが犬より丈夫にできている。ネコは元、砂漠で野生生活をしていたために、保水機能が高く、老廃物や有害物質を濃縮して、排泄する機能にすぐれているわけだ。その分、無理がたたり、飼い主が気づいたときは、手遅れとなりがちだ。  いずれにせよ、ネコも犬も人間に比べれば、寿命がかなり短く、人間にとってわずかな歳月で、若年から中年、老年へと年をとる。その分、慢性疾患も人間よりずっと速く症状が悪化する。三、四歳のまだ若いうち、元気なうちから健康管理、定期検査を怠らないでいただきたい。

*この記事は、1999年9月15日発行のものです。

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