怪我・交通事故 ネコの自由な生き方が危険を招く ネコほど、自由気ままに生きる動物もめずらしい。 暇があれば昼寝にふけり、目覚めれば、そっと散歩に出る。食事にも気をつかい、過食をせず、おいしいものを少しずつ食べる。気がむけば飼い主にすりよって、飽きれば、プイッと立ち去っていく。 そんな自由生活が仇(あだ)となるのか、ネコには怪我や交通事故がとても多い。 監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 正義 |
怪我からうつる伝染病 |
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ネコの怪我のほとんどは、オス同士のなわばり争いか、「恋の季節」のメス争奪戦に起因する。家のなかではあれほど“のんべんだらり”と過ごすくせに、庭先や路地裏でライバルに出会うと、“ネコ”が変わったように目をつりあげ、口をひらき、ギャーギャーと奇声を発し、毛を逆立ててにらみ合う。突然、どちらかが突撃し、手足の爪(つめ)をたててもみ合い、からみ合う。すぐにどちらかが逃げ、もう一方があとを追い、またどこかの物陰で猛烈な戦いが始まる。やがて負けネコはすごすごと退散し、勝ちネコは意気揚々と引きあげてくる。 勝ちネコであれ負けネコであれ、激しい戦いのあとは、顔をはじめ、手足、背中、尾、どこもひっかき傷、かみ傷だらけである。爪も牙も鋭いので、丈夫な毛皮を通して傷口が化膿することも多い。のらネコなら金網プロレスの英雄・大仁田厚のように、歴戦の傷あとを誇ることもできるが、可愛いわが家の愛猫がそんな姿で帰ってきて、喜ぶ飼い主はひとりもいないに違いない。 そのうえ、この頃は、ネコのエイズや白血病、伝染性腹膜炎など、予防手段がなく、伝染すれば確実に死ぬ伝染病が広まっている。喧嘩のついで、怪我のついでに感染するケースも少なくない。怪我よりもそれら伝染病のほうが心配なのである。 |
ネコに悲惨な交通事故 |
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自動車を運転すればすぐ目につくのが、ネコの交通事故だ。犬はつないで飼うのが一般的になり、のら犬もほとんどいなくなって、交通事故の数も少なくなった。それに犬は人間社会との付き合いが長いので、赤信号で止まり、青信号で道路をわたる器用なところがある。その点、人と暮らしながら、野性の血を守るネコ族は、モータリゼーションに妥協する気などまったくない。いつものように、突然、道路に飛び出して、クルマの餌食になってしまうのである。 ネコは、クルマが走ってくると、パニック状態になって道路のまんなかで止まってしまう。あるいは、あわててクルマにむかって突進する。一説には、ネコは解剖学的に(つまり骨や筋肉の構造から)バックできない体だ、という。また、ある説では、かつて森林に暮らしていたネコ族は、危険を察知すると、木にかけのぼる習性がある。そこで道路でクルマに出会ったとき、木か何か、高いところに飛び上がろうとする。でも、道路にはそんなものはない。そこで当惑して、立往生するともいう。いずれにせよ、小さなネコがクルマとぶつかっては助かりようがない。体格の大きな犬は、クルマのバンパーに跳ね上げられ、腰の骨をやられることが多いらしいが、ネコは文字どおり、輪禍(りんか)にあう。悲惨な話である。 |
ネコ受難の時代を生きるために |
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ところで、ネコの事故で近年めだってきたのが、マンションなどの高層住宅からの転落事故である。昔のように、平屋か2階屋のつもりで、ついベランダや通路に出て、手すりを伝って散歩する。弘法も筆のあやまり。爪のたたないコンクリートやアルミの手すりだから、敏捷なネコも勝手が違い、足を踏みはずして転落することも少なくない。2階ぐらいなら、得意の運動神経でうまく着地できるだろうが、5階、6階、10階建てマンションから、それもコンクリートの地面に落ちては、いくら身の軽いネコでも大怪我をまぬがれない。 そのようなネコのマンションからの転落事故も交通事故も、かたい言葉でいえば、「現代人間社会に対するネコ族の適応不全」から起こっているのかもしれない。しかし、そのような議論は暇な評論家に任せ、いかにネコの怪我や事故、伝染病を防ぐかを考えなければならない。 といって、これといったうまいアイデアは浮かばない。愛猫家のなかには、ただひたすら、ネコを戸外に出さないことで、わが家のネコを守っている人も多い。確かにそれがほとんど唯一の有効策といえるだろう。しかし、ネコの良さ、ネコの生きがいは、その自由気ままな生き方にある。そのなかには、喧嘩をする自由、恋をする自由、病気にかかる自由、事故に合う自由も含まれているはずだ。動物でありながら、これまでクサリにもつながれず、オリにも入れられず、人間の同居人として特権的な自由を享受して生きてきたネコが、犬や鳥と同じような生活を受け入れざるを得ない時代が来たのかもしれない。ネコ受難の現代を、人とネコはどう暮らしていくべきだろうか。 |
*この記事は、1995年1月15日発行のものです。 | |
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