ネコの甲状腺機能亢進症
老いてますます盛ん、と喜んでばかりいられない病気がある。 うちのネコ、年寄りなのに急に元気になった。よく食べる。発情期みたいに興奮気味。 こんな場合は、「甲状腺機能亢進症」を疑ってみてほしい。
監修/岸上獣医科病院 副院長 岸上 義弘

心臓が肥大し、呼吸が荒くなると危ない

イラスト
illustration:奈路道程

甲状腺機能亢進症で肥大した心臓。赤い円は、正常な心臓の大きさ。
レントゲン写真

 10歳以上の年老いたネコが、なぜか眼がぎらつき、呆れるほどに動きが活発になってきた。なぜか食欲が増してきてガツガツ食べる。しかし体重はかえって減ってきた。このごろ妙に飼い主の体にまとわりつく。たしか避妊・去勢をしていたはずなのに、年取ってから発情しはじめたように興奮する。毛がところどころ抜けてまだらになった。でも皮膚の状態は悪くない…。
 わが家の老ネコにこんな症状が現れたら、「甲状腺(こうじょうせん)機能亢進(こうしん)症」を疑ったほうがいい。もしこの病気にかかっていると、やがて心臓の負担が増して心不全を起こすか、過呼吸症で一命を落とすことになる。とにかく、年老いて、異様に「元気」そうになれば、要注意である。
 「甲状腺」とは、動物の体の発育や新陳代謝をうながすホルモンを出す内分泌腺で、のどの気管の両脇にある。その甲状腺ホルモンの分泌が、老年期に、異常に活発になるのが(少し病名が長いが)、「甲状腺機能亢進症」である。多すぎる甲状腺ホルモンの作用で、体中の細胞の新陳代謝がどんどん活発になる。そうなれば、細胞の酸素消費量が増える。心臓は、全身の細胞に多くの酸素(つまり多量の血液)を送り込むために肥大化し、バコバコと音をたてて働き続ける。肺のほうも多量の酸素を取り込むために、ネコの呼吸がむちゃくちゃに荒くなる(過呼吸)。
 いくら食べても体内の細胞がどんどんエネルギーを使うから、体はやせるばかり。あとは、心臓も呼吸器も、体力もその限界を超えてしまうわけである。

動物病院での検査ですぐに見つかる
   こんな恐ろしい病気だが、これまで日本の獣医学会では症例報告がなく、発見例の多いアメリカに特有の病気だと考えられてきた。ところが5年前の平成4年、大阪で初めて発見。学会に報告され、以後、各地で多数の症例が認められるようになった(もっとも、アメリカでも最初の症例報告は1979年であった)。発見が遅れた要因の一つは、国内での発見例がなく、心臓が大きくなる肥大型心筋症とよく似ていたこと。それ以上に、飼い主が、自宅のネコが「元気になった」と思い込み、病気という認識がなく、病院に連れて行かなかったためと考えられる。
 ある東京の獣医師の報告では、何らかの病気で病院にやってたネコの10匹に2,3匹はこの病気の症状を示していたという。いわば「老年病」の一つともいえるほどにかかりやすい病気といえるだろう。
 年のわりに活発すぎたり、食欲がありすぎたり、やせてきたりという、最初に書いたような症状が出てきたら、すぐに動物病院で検査をすれば、甲状腺ホルモンの値が異常に高いかどうかがわかる。症状の軽いうちに治療に専念することが肝心である。

治療法は、ホルモン抑制剤を飲むか外科手術
   現在、「甲状腺機能亢進症」の治療法は3つある。一般的なのは、ホルモンの量を抑える薬剤を与える方法だ。適正なやり方をすれば、薬剤を与えるだけでホルモンの量が正常値を保ち、症状の悪化をくい止めることができる。もっとも、毎日、ネコに薬を飲ませることが大切で、薬の服用を止めれば、またホルモンの量が増加し、症状が悪化する。飼い主の日々の努力が求められるのである。なお、日本で最初にこの病気と認定されたネコの場合(12歳の雌ネコ)、心臓が肥大し、かなりやせ、呼吸も荒く、状況は悪かったが、根気よい薬剤投与により、自宅静養と通院で2年間ほど生きながらえることができた。
 二つめの治療法に放射線療法があるが、現在、一般の動物病院で放射線療法を行う設備を備えたところは少なく、また放射線の副作用も心配なため、それほど実施されていない。
 三つめには、外科治療、つまり手術によって、異常を起こした甲状腺を取り除く方法がある。しかし甲状腺の周囲には、体のカルシウム代謝をコントロールするホルモンを分泌する副甲状腺が取り巻いている。アメリカなどでは甲状腺切除手術中にこの副甲状腺を傷つけ、ネコがカルシウム不足となって一命を落とすケースも少なくない。かなり難易度の高い手術が要求されるのである。もっとも、近年は日本でも外科手術によって、無事に甲状腺の切除に成功するケースも現れた。今後、より安全・確実な治療法が普及していくに違いない。
 このように、「甲状腺機能亢進症」は日本では症例発見からまだ五年で、獣医師も診断の実績に乏しく、飼い主にとってはほとんど夢想だにもしない病気である。繰り返すが、一見「元気になる」ために飼い主の発見が遅れ、手遅れになりやすい。老齢期のネコと暮らす飼い主は特に注意して、愛猫の様子を見守ってあげてほしい。

*この記事は、1997年7月15日発行のものです。

●岸上獣医科病院
 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
 Tel (06)661-5407
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