人にも感染する、トキソプラズマ
妊娠中の女性は要注意
猫のおなかに寄生する内部寄生虫は様々。
今回は、猫から妊娠中の女性が感染すると、胎児に悪影響を及ぼす可能性がある原虫「トキソプラズマ」に注目した。

【症状】
健康な猫には下痢程度。しかし、妊娠中の女性に感染すると…

イラスト
illustration:奈路道程

 猫のおなか(腸管)に寄生する内部寄生虫の中に、「トキソプラズマ」や「コクシジウム」など、単細胞生物の「原虫」といわれるグループがいる。病原性が極めて弱く、健康な猫が感染しても下痢する程度で、はっきりとした症状が出ないことも少なくない。しかし、免疫力、体力の弱い子猫などが感染すれば、腸管粘膜がひどく障害され、出血し、栄養を吸収できず、衰弱して一命にかかわることもある。
 原虫の中には、病原性のない「トリコモナス」が腸管に住みついていることもある。この虫は、腸管内を流動する内容物の中を浮遊しているだけの“無害”な寄生虫だが、猫が下痢をした場合、内容物が早く流されるので、大慌てで増殖。結果的に下痢便中に多数発見されるため、「トリコモナス腸炎」と誤って診断されることもある。
 一方、アメリカには「サイトークスゾーン」といわれる、血球に寄生する病原性の極めて強い原虫がいて、猫が感染すると死亡する確率が非常に高い(日本では未発見)。
 これら猫に寄生する原虫の中で、最もよく知られているのがトキソプラズマである。この虫は、人を始め、ほとんどの哺乳動物や鳥などに感染する寄生虫だが、「終宿主」※1たる猫が感染してもあまり問題ない。しかし、「中間宿主」※2となる動物に感染すると、増殖して脳や内臓、筋肉などに潜り込み、悪影響を及ぼすことがある。特に妊娠中の女性が感染すると、胎盤を通過して胎児に感染し、まれに脳神経障害を起こしたり、流産、死産の要因となったりすることもある。

※1 終宿主 : 寄生虫が、最終的に寄生して有性生殖し、子孫を増やすことのできる動物のこと。寄生虫は、自らの生存と子孫繁栄のため、終宿主と平和共存することが多い。トキソプラズマにとって、感染可能なオーシストを体外に排せつできる終宿主動物は猫だけである。
※2 中間宿主 : 寄生虫が、終宿主動物に至るまでに段階的に寄生する動物のこと。トキソプラズマにとっては、猫以外の哺乳動物や鳥など多くの動物が中間宿主にあたる。猫も終宿主とともに中間宿主としても働く。寄生虫は中間宿主に感染すると、中間宿主から終宿主へ移りやすく(中間宿主が捕まえられやすいため)、また、中間宿主から中間宿主への感染もある。
 

【原因とメカニズム】
猫と人と生肉を巡る、トキソプラズマの感染ルート
 
トキソプラズマはいかに猫から人に感染するか

 先にも述べたが、トキソプラズマはほとんどの動物に感染する。
 例えば、ネズミに感染すれば、体内で増殖して脳や筋肉中に潜り込み、「シスト」という“保護膜”の中で休眠する。猫がトキソプラズマに感染したネズミを食べれば、猫の腸管に至り、腸の粘膜中に侵入して増殖。細胞分裂した「子虫」の集団が「オーシスト」※3という保護膜に包まれたまま、糞便とともに排せつされる(感染能力を持つオーシストを排せつするのは、終宿主である猫だけ)。
 猫の体外に出たオーシスト内の子虫は、1、2日すれば、成熟して感染能力を持つ(猫の体内では体温が高いため、成熟できない)。そのうえ、オーシストは自然環境中で1年ほど感染能力を保ったまま生存する。そのため、野外の庭や公園の砂場などで、トキソプラズマに感染した猫がウンチをすれば、やがてウンチが分解され、土や砂に混じり、その後、土や砂に素手で触った人が手をきれいに洗わず、やはり素手で食べ物を食べれば、口から人の体内に入る。
 あるいは自宅の猫が感染し、室内でウンチをする。そのウンチが1、2日以上放置されれば感染能力を持ち、それが手や衣服に付いて、口から入ることもある。自宅の猫が感染しなくとも、外遊びして体毛にオーシストが付着したまま帰宅。それから人に感染することもある。

※3 オーシスト : 小さな虫体を含んだ卵状のもの。


生の豚肉や鶏肉からトキソプラズマに感染する場合

 猫や人がトキソプラズマに感染するケースで要注意なのが、生肉、特に豚肉や鶏肉からの感染である。土遊びの好きな豚や鶏が感染していれば、その(筋)肉中にトキソプラズマが閉じこもるシストが含まれていても不思議ではない。そのため、豚肉や鶏肉の生肉を調理する台所が感染経路となる。
 トキソプラズマは加熱すれば死滅する。しかし生焼け、生煮えの肉を食べたり、生肉を調理したまな板や包丁を使って刻んだキャベツなどを生のまま食べたりすれば、感染することになる。鶏のササミを刺し身で食べれば、同様である。その他、豚肉や鶏肉の切れ端を生ゴミとして捨て、それを猫が食べれば、人へ感染する可能性もある。


妊娠中の女性が危険なのはどんな場合か

 危険なのは、妊娠中の女性がトキソプラズマに感染した場合である。そのため、猫と暮らす女性が妊娠したら、その人と飼い猫の抗体検査(血液検査)と、猫の糞便中のオーシスト検査を行うことが大切である。
 妊娠前、人も猫もすでにトキソプラズマに感染し、抗体ができていれば(陽性)、オーシストが体内に入っても、すぐに免疫機能が働いて侵入した虫を退治するため、問題はない。
 気をつけるべきは、人も猫も抗体検査の結果が「陰性」の場合である。トキソプラズマに感染しても、抗体検査で陽性反応が出るまで1週間から10日前後かかる。また、トキソプラズマが猫の体内に入ったあと、感染能力を持つオーシストを排せつし始めるまで1週間前後かかる。そのため、人も猫も抗体検査の結果が陰性でも、猫の糞便にオーシストが見つからなくとも、安心はできない。そんな場合、1週間か10日後に再度、抗体検査と糞便検査をして、再確認する必要がある。
 なお、猫の体内に入ったトキソプラズマがオーシストを排せつする期間は、感染後、最長で3週間前後であるため、それ以降、その猫から直接感染することはない。


【予防】
土いじりや猫のウンチ処理のあと、よく手を洗い、生肉の調理後、まな板や包丁を熱湯消毒
 
 人の場合、戸外で土や砂に触ったり、室内で猫のウンチを処理したりする時、手袋をし、終わったあとは必ずせっけんで手を洗うこと。猫の場合、室内飼いを守り、戸外でオーシストの混じる土やウンチに接触させないこと。また、トキソプラズマは熱に弱いため、豚肉や鶏肉などの生肉を調理したあと、まな板や包丁などをすぐに熱湯消毒すること。生肉の切れ端を捨てる時、猫が拾い食いしないように処分することなどである。
 家族や親族、友人知人などの女性が妊娠すれば、すぐに人と猫の抗体検査と猫の糞便のトキソプラズマ検査をして、妊娠した女性が未感染なら、直接猫のウンチを触ったりしないこと。また、猫に触ったあと、しっかりとせっけんで手洗いするなど、基本的な感染防止対策を守ることである。

*この記事は、2006年8月20日発行のものです。

監修/日本獣医生命科学大学獣医学部 獣医寄生虫学教室教授 今井 壯一
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