足腰がふらついたり、痛んだりする
高齢の大型犬は注意したい「馬尾症候群」
愛犬が、運動の後に足を引きずったり、ふらついたりする。
原因はいろいろ考えられるが、特に活動量の多い大型犬の場合、「馬尾症候群」という、腰部に走る神経が関係している病気の可能性もある。

【症状】
足腰のふらつきや腰の痛み、排せつ障害など

イラスト
illustration:奈路道程

犬の腰椎・仙椎の仕組み  散歩や運動をした後などに、愛犬の足腰がふらついたり、足を引きずったりする。腰の辺りが痛そうに、体を丸めて寝転ぶこともある。あるいは、オシッコをもらしたり、オシッコやウンチがうまく排せつされないこともある。
 こんな症状があれば、かかりつけの動物病院でよく検診してもらったほうがいい。時には、背骨(脊柱=脊椎)の端部、腰椎・仙椎の中を走る神経(馬尾神経)に何らかの障害が起きて発症する「馬尾症候群」の可能性もある。
 「馬尾神経」とは、背骨の中を走る中枢神経「脊髄」の末端に連なる末梢神経のことである。
 背骨(脊椎)は、頭と腰(骨盤)をつなぐ大黒柱のような骨の連なりで、たくさんの「椎骨」とそれを結ぶ「椎間板」とから成り、大きく、「頸椎」(首の部分)、「胸椎」(胴の部分)、「腰椎」(腰の部分)、「仙椎」(腰椎と骨盤を接ぐ骨)に分かれる。
 犬の場合、腰椎は7つの椎骨から成り、その5番、6番、7番目辺りに、馬のしっぽのような形状で、脊髄から連なる、細い末梢神経が束になって走っている。それが馬尾神経である。
 腰椎・仙椎の、この辺りに問題が生じれば、中を走る馬尾神経を圧迫し、痛みを生じたり、歩く時に足腰がふらついたり、あるいは排尿や排便障害が起こりかねないのである。放置すれば、神経へのダメージが大きくなって後肢の運動障害が進行し、マヒ状態になる恐れもある。

【原因とメカニズム】
激しい運動などで腰椎の仙椎接合部に異常が生じる
 
 なぜ、腰椎・仙椎に問題が発生しやすいのか。
 馬尾症候群になりやすいのが、ジャーマン・シェパードやゴールデン、ラブラドールなど、活動性の高い大型犬で、高齢期を迎えた犬であることから見ても、若齢期からの暮らし方との関連性が強いことが推測できる。
 脊椎は、多くの椎骨が関節と椎間板によって連結されているため、自由な動きが可能になる。しかし、腰椎の末端、つまり、下半身の要である骨盤(の中心である仙骨)と連結する部位は、運動の負荷が最もかかりやすい。そのため、犬がジャンプしたり、激しい上下運動を繰り返していけば、その部位への負荷が積み重なり、骨周辺に変形を生じやすくなる。
 そうして、体の衰えの目立ってくるころになって発症することが多い。
 例えば、椎骨をつなぐ椎間板の外側部分(線維輪)が盛り上がったり(椎間板ヘルニア)、関節をつなぐ靱帯が肥厚してくれば、脊椎中を走る細い神経の束(馬尾神経)を圧迫する。じっとしていれば、神経への圧迫が少なくても、運動すれば、腰椎(脊椎)と仙骨(骨盤)のつなぎ目が上下動して馬尾神経への圧迫が激しくなる。そのため、普段はあまり問題がなくても、運動後、足腰のふらつきや痛みが急に大きくなりやすい。
 中には、生まれつき腰椎・仙椎が狭い奇形性の場合もあり、そんな犬たちは、若齢期から馬尾症候群を発症することもある。

【治療】
馬尾神経への圧迫をなくすための外科手術
 
 愛犬に足腰のふらつきや腰の痛みなど、疑わしい症状が現れたら、詳しく検診してもらうことが大切である。もし飼い主が「老化のため」などと安易な素人判断で放置していれば、馬尾神経への圧迫、障害が進んで、どんどん症状が悪化しかねない。
 また、足腰のふらつきなどの症状は、大型犬に多い股関節形成不全や、膝関節の病気の場合もよく見られるため、最初に、よく身体検査を行い、それらの症状が何の病気に起因するかを確かめることが大切である。
 そのような検診結果から馬尾症候群と判断されれば、レントゲン撮影やMRI検査などの画像診断によって、具体的に、腰椎周辺のどこがどのように変異、変形して馬尾神経を圧迫しているのかを明らかにする。そうして、具体的な治療を行っていく。
 馬尾症候群は発症の原因が椎骨や椎間板などの異常によるため、治療の基本は、外科手術によって、馬尾神経への圧迫をなくしたり、減らしたりすることになる(症状が軽く、少し痛みがある程度なら、しばらく安静にし、鎮痛剤を投与する保存療法を行う)。
 外科手術には、ふたつの方法がある。ひとつは、腰椎と仙椎(腰椎と骨盤をつなぐ椎骨)の上部を削って空間を確保し、馬尾神経が圧迫されないように、開放してあげることである。椎間板が下から馬尾神経を圧迫しているなら(椎間板ヘルニア)、その椎間板の盛り上がった部分を切除する。
 もうひとつの手術方法は、前述の手術とともに、腰椎の末端にある椎骨と骨盤(仙骨の上端)とにピンを挿入して固定するインプラント法である。これによって、最も負荷のかかりやすい腰椎端が動かないようにし、運動するたびに起こる、馬尾神経への圧迫をなくすのである。
 手術後、一定の安静期間を取り、患部が安定すれば、リハビリのため、徐々に運動量を増やして周辺の筋肉を強化していく。また、馬尾症候群が発症していれば、後肢が曲がりにくくなっている場合も少なくないため、飼い主が後肢を持って屈伸させるリハビリも必要である。

【予防】
適切な運動と食生活管理で、健康な体作りを行う
 
 犬たちが丈夫な体を形成し、健康を維持していくためには、適切な運動は不可欠である。しかし、発育途中の子犬期や若齢期に過度な運動を続けていれば、腰ばかりでなく、あちこちの関節に問題を生じやすい。
 もし、激しい運動後などに足腰のふらつきや腰の痛みなど、わずかでも馬尾症候群の発症を感じさせる症状があれば、早めに動物病院で詳しく検診してもらい、適切な治療を行うことが重要である。
 また、太り過ぎ、肥満傾向になれば、腰や背骨への負荷も大きくなり、馬尾症候群を始め、様々な疾患の引き金になりかねない。子犬期、若齢期から太り過ぎにならないように食生活管理を心掛けてほしい。

*この記事は、2008年12月20日発行のものです。

監修/ネオベッツVRセンター 獣医師 王寺 隆


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