痴呆
人間をはじめあらゆる動物にとって、「老化」は避け得ない。 その「老化」による病気のひとつが「ボケ」である。 ネコはボケると眠りつづけるが、犬の場合は、徘徊や鳴き叫びがはげしく、ケアがむずかしい。
監修/(株)動物エムイーリサーチセンター  センター長 内野 富弥

13歳を過ぎると、ボケがめだってくる
イラスト
illustration:奈路道程
 長寿化、高齢化の進む人間社会と同様に、日本列島に暮らす犬やネコなどペット動物たちの世界も長寿化、高齢化が急速に進んでいる。それとともに、「痴呆」、いわゆる「ボケ」の問題が深刻さを増してきた。
 ボケは、おもに脳神経細胞の「老化」によって起こる(動物には「アルツハイマー」型の痴呆はない)。脳神経細胞の働きが衰え、知性、感性、体をコントロールする自律神経の機能などがどんどん低下する。例えば、犬なら13歳を過ぎるとボケの症状がめだってくる。ネコの場合は、老化すると、ひたすら寝てばかりいることが多いので、それほど問題はない。しかし犬の場合は、大変だ。
 いままで飼い主の呼びかけに応えて尻尾をふり、うれしそうに飛びついてきたのに、名前を呼んでも無反応になる。昼寝て、夜中に起きる。散歩への興味をなくし、歩き方もとぼとぼ歩きとなり、やがてひたすら一方向に前進しつづける。あるいは部屋の角やテーブルの下などで動けなくなり、鳴きわめく。鳴き声が単調で、大きくなる。あるいは夜中、むやみに鳴きつづける。視覚も聴覚も低下して、嗅覚だけに頼り、やたらに臭いをかぎまわる。オシッコやウンチの場所を間違え、やがてどこでも排泄するようになることもある。いくら食べても満足感を感じることがなく、食べまくる。食べても食べてもガリガリにやせていく…。
 そのような症状が、はじめは少しずつ、月日がたつにしたがって、ひどくなる。そんなわけで、一緒に暮らす飼い主家族が世話に疲れはて、どうにかしてほしい、と動物病院に走り込むケースも少なくない。
 これまでは、鎮静剤を打って、静かにさせるような対処療法が多かった(鎮静剤の投与はかえってボケを進行させることがある)が、近年は痴呆に関する研究も進み、適切な治療でボケの諸症状が改善されるケースも増えている。

適切な治療で症状を改善
   ボケの症状を改善させるには、衰えた脳神経細胞の働きをいかによみがえらせるか、である。脳内の、細くなった血管を広げるために、血管拡張剤を与えて、血流をさかんにする。脳神経細胞の代謝や神経伝達作用をよくする薬剤を与える。そのような治療を続けていけば、症状がかなり改善されることが多い(1,2週間ぐらいから治療の効果が現れる)。
 実際、これまでの治療例で、飼い主の呼びかけに無反応だった犬が、声をかけると尻尾をふり、喜んで散歩に行くまでに回復したり、うつろな表情で歩きまわったり、吠えていた犬が落ちつきを取り戻したりするケースが報告されている。早期発見、早期治療でかなりの程度、よくなる可能性が高いのである(もちろん、限界もあるが)。
 何よりも大切なのは、飼い主が少しでも早く犬の異常な行動に気づくこと。ほかの人や犬に出会ったとき、飼い主が呼びかけたときの反応はどうか。食欲や排泄、寝・起きなどの生活のリズム、あるいは歩き方、鳴き方に変化はないか。視力や聴力が衰えていないか…。
 気になることがいくつかあるようなら、「痴呆」に詳しい獣医師に相談して、すでに「ボケ」が始まっているのか、どの程度の「ボケ」なのかを確かめ、一刻も早く最善の治療を受けることが大切だ。

「エンドレスケージ」の活用
   先にもふれたが、ボケ治療の効果が現れるには、少なくとも1,2週間かかる。かなり症状が重く、毎夜、徘徊や鳴き声に悩まされ、ギブアップ寸前の飼い主は、治療効果が現れるまで、どうすればいいのか。
 効果的なのが、風呂マット3枚を丸くつないだ自作ケージ「エンドレスケージ」の活用である。ボケになった犬は、ひたすら前進を続けていく。そして部屋やケージの角にぶつかったり、テーブルの下などに入り込むと、後退などの進路変更ができず、身動きがつかなくて、鳴きつづける。しかし柔らかい風呂マットで丸く囲ったケージだと、角がないために、犬はどこまでも「前」に進むことができ、やがて疲れはてると、静かにうずくまって眠りにつくというわけだ。
 なお、この「エンドレスケージ」の床には「おねしょマット」を敷き、つねにオシッコやウンチの後始末をきちんと行うことが大事だ。たとえボケていても、犬は自分の体が排泄物で汚れることを極端にいやがり、身動きできなくなったときと同様に、しきりに鳴き叫ぶ(よほどボケがひどくならないかぎり、むやみに失禁しない)。
 そのような介護を行って、治療効果が現れるのを待つ。では、ボケ治療の限界に行き当たったらどうするのか。ペット動物たちの「ホスピス」などはない。ぎりぎりまで介護をして疲れ切った飼い主に何ができるのか。
 これから冷静に、私たちは人と動物との暮らし、それも誕生、出会い、飼育から死別まで視野に入れた暮らし方を考えていかなければならないだろう。
 なお、欧米では、動物の痴呆などで人と動物のコミュニケーションが保てなくなれば、飼い主はみずからの意思と責任で「安楽死」を選択するケースもある。日本においてはどうか…。動物と暮らす飼い主の「責任」をどのような形、方法で果たしていくべきか。今後の課題は重い。

*この記事は、1998年3月15日発行のものです。

●(株)動物エムイーリサーチセンター
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