急に老け込む
もしかして「甲状腺機能低下症」?
食欲はあるけど、元気がないし、毛づやも悪い。
愛犬が急に老け込んで見えたら、年のせいだと油断せず、様子やしぐさをよく観察して。

【症状】
元気、体力、気力、活力がなくなる
イラスト
illustration:奈路道程
 「うちの犬、別に病気じゃなさそうなのに、このごろ急に老けたみたい。もう“年”かしら」。そんな時、すぐに「年のせい」にせず、しぐさや動作、体調面で気になるところがないかをよく観察し、動物病院で調べてもらったほうがいい。もし、「甲状腺機能低下症」なら、だんだんと元気、体力、気力、活力がなくなって、死に至る可能性がある。
 「甲状腺」とは、のどの下部にあって、動物の体を構成する細胞や骨、筋肉、内臓、皮膚などの代謝、働きを促進する、極めて重要な「甲状腺ホルモン」を分泌している内分泌器官である。もし甲状腺の機能が低下して甲状腺ホルモンの分泌が少なくなれば、心身の活力が衰えてきて、動作や体調の変化にかかわる様々な症状が現れてくる。
 例えば、いつも元気がない。散歩を好まない。なじみの人や犬ともあまり遊ばない。運動したあとでも、息が荒くならない。しっぽを垂れ、頭を下げた姿勢が多い。いつも、申し訳なさそうな顔つきをしている。名前を呼んでも、反応が鈍い。歩く時、前足のつめを擦るように歩く。後ろ足を突っ張った不自然な歩き方をする。眼に輝きがない。暖かい季節でも寒がる。
 あるいは、毛並み、毛づやが悪い。毛がゴワゴワする。毛がはげやすくなった。一度、毛を刈ると、なかなか生えそろわない。おなかの毛が薄くなった。おなかの皮膚が黒ずんできた。舌先が冷たい──など、いくつも数え上げられる。しかし、典型症状と言えるものはあまりなく、とにかく「不活発」。ただし、「食欲」は、衰弱死の寸前までなくなることはなく、病気発見を見逃しやすい要因でもある。


【原因とメカニズム】
遺伝性の自己免疫疾患。問題はいつ発症の「スイッチ」が入るか
 

 甲状腺機能低下症は、体に有害な病原体などを退治する「免疫」が何らかのきっかけで甲状腺細胞を攻撃して、甲状腺ホルモンが分泌されなくなっていく「自己免疫疾患」の一つである。
 小型犬では少なく、中・大型犬に多い。また、様々な犬種にみられるが、特にゴールデン・レトリーバー、シェットランド・シープドッグ、柴犬などに発症しやすい。
 この病気は、遺伝性と考えられている。通常、五歳以上の中・高齢期に発症しやすいが、時には一歳前後で発症することもある。病気の進行が遅く、半年、一年、二年と歳月を重ねるうちに甲状腺細胞がどんどん破壊されていき、甲状腺ホルモンがほとんど分泌できなくなると、衰弱も極まり、ついに食欲もなくなって、死んでしまう。
 しかし、同じ遺伝的素因を持っていたとしても、発症するかどうか、また、いつ発症するかは、それぞれの犬の個体差や生育環境によって異なってくるようだ。
 甲状腺ホルモンは、体の必要性に応じて、脳内の「視床下部」から「下垂体」へ、そこから「甲状腺」への指令によって分泌される。発育期、成長期には分泌量も多くなるが、成熟し、老化が始まれば、分泌量も減少していく。しかし、心身の働きに不可欠なもので、生涯、途絶えることはない。ところが、遺伝的素因を持った犬が年齢を重ねるうちに、何かのきっかけでスイッチが入り、免疫が甲状腺細胞を攻撃し始め、じわじわと体の活力を奪っていくわけである。



【治療】
適正な診断に基づく「薬剤治療」で
 

 甲状腺機能低下症は、正確な診断さえできれば、あとは日々、適正な薬剤(合成甲状腺ホルモン剤)を投与し続けていくだけで、大抵、一、二か月すれば、飼い主が驚くほどの回復力を示していく。生涯、投薬しなければならないが、生まれ変わったように、元気はつらつとした生活を過ごせる。
 問題は治療以前の「病気発見」の難しさにある。この病気にかかった犬は、死ぬ直前まで食欲があり、飼い主だけでなく、獣医師さえも一目見て、「これは?」という特異な症状が少ない。そのうえ、動物病院で行われる通常の血液検査では、甲状腺関連ホルモンの数値を測定することができないことも、手遅れを招く要因だったといえる。
 しかし近年の研究で、甲状腺機能低下症にかかった犬の、通常の血液検査データを分析すると、コレステロール値が異常に高いことが明らかになった。犬は人と違って、体内のコレステロールは「善玉」コレステロールが中心で、人の高脂血症のような症状になることはあまりない。ところが、甲状腺機能低下症になると、「悪玉」コレステロールが極端に増加していくのである。もし、通常の血液検査でコレステロール値の異常が見つかれば、甲状腺関連ホルモンの数値を調べる特別検査を行い、正確な診断の下、適正な投薬治療に入る。あとは、甲状腺ホルモン値をコントロールしながら、投薬を続ければいい。



【予防】
愛犬の様子やしぐさをよく観察し、おかしいと思えば、すぐ検査を
 

 この病気は遺伝性と考えられているため、効果的な予防策はない。何よりも重要なのは、早期発見・早期治療である。愛犬が何となく元気がなく、活発さに欠けるようなら、「自己診断スコア」を参考に、愛犬の様子をよく観察してほしい。そして、スコアが10点以上の時は、念のため、動物病院で検査を受ければ、早期発見・早期治療の道が開ける。
 なお、発症した犬の甲状腺ホルモン値を継続的に測定した結果、興味深いことが判明した。それは、夏場には甲状腺ホルモンの分泌量が低下し、冬場には上昇していたことだ。ホルモンは体の必要性に従って分泌される。それが、年中快適な室内環境に暮らしていれば、体の細胞、組織の代謝活動を促進する甲状腺ホルモンの必要度が低下しても不思議ではない。やはり、子犬期から、戸外での散歩、運動をきちんと行うことが大切だ。


*この記事は、2005年1月20日発行のものです。

監修/緑ヶ丘動物病院 院長 金澤 稔郎
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