がん 早期発見・早期治療 高齢化とともに増える動物のがんだが、早期発見すれば、愛犬が助かる確率は非常に高い。 あえて言えば、飼い主の愛は愛犬の命を救い、がんの苦痛を取り除く。 監修/麻布大学獣医学部 助教授 信田 卓男 |
犬に目立つ乳がん |
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illustration:奈路道程 |
獣医療が進み、飼い主の飼養方法も食べものも良くなって、犬やネコが長生きすればするほど、厄介な病気も増えてくる。人間でも動物でも、高齢化すれば気力も体力も抵抗力も衰え、また体の細胞の遺伝子も傷んでいき、悪性腫瘍、つまり、がんにかかる割合もぐんと増えていく。 麻布大学付属病院の統計によれば、10数年前には診断症例の5%前後だった小動物のがんは、この2,3年、30%を越えるまでになった。ことに犬の場合、腫瘍になる確率は人間の約2倍という。とくに多いのは乳腺腫瘍や体表部の皮膚腫瘍で、同病院の腫瘍症例1,276例のうちそれぞれ31%強となっている。 犬の乳腺腫瘍のうち良性と悪性腫瘍の比率は半々。5割はがんである。といっても、早期発見すれば、直径3cm以下の乳がんなら、血管やリンパ管に取付く難病でない限り、適切な外科手術や内科処置で8〜9割は治る。しかし犬の乳腺は5対あり、腫瘍ができる場合は多発性で良性、悪性入り交じってあちこちにできるため、がんの母体となる乳腺周辺の組織を全部取り除かなければならない。 とにかく、がん対策は早期発見・早期治療に尽きる。もっとも犬の乳がんの場合、1歳ごろに避妊手術を受けていれば、その犬が9歳前後になったとき、がんになる確率は避妊手術を受けていない犬の10分の1以下になるという(アメリカでの統計による)。なぜなら、犬の乳腺腫瘍の約60%はホルモン依存性があり、性ホルモンとの関係が強いからだ。そのため、オス犬の乳がんはごくわずか。また、初発情ごろの1歳前後に避妊手術を受けたメス犬の乳がん発症率が低いのである。 |
5歳になれば、月に1度は自宅でがん検診 |
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乳がん同様に多いのが、体表部の皮膚や皮下組織、口の中などにできる腫瘍だ。たとえば皮下組織にある肥満細胞ががん化する肥満細胞腫や、脂を出す汗腺にできる腺腫(腺がん)、皮膚の扁平上皮にできる扁平上皮がんなど。また犬種によって、白い犬などは紫外線の影響を受けやすく、鼻のまわりや耳などに皮膚がんができる確率は、黒い犬よりもずっと多い。しかし皮膚がんは、乳がんと同じく、ふだん飼い主が愛犬をなでたり、体の手入れをしていれば、早期発見により、治る可能性が高い。 皮膚がんに次いで多いのが大腸がんなど消化器系のがんだが、それがあれば、便に血が混じったり、下痢になったり、何らかの異常が起こるために発見しやすい。 たとえば、人間の場合、喫煙と肺がんの関係や植物繊維の摂取量と大腸がんの関係が注目されたりしているが、たいていの場合、がんの原因は個人の生活習慣や食生活、性格から大気汚染や水質汚染などの環境汚染、さらには遺伝や遺伝子の突然変異など、多種多様の因子が複合して発現するもので、健康的な生活を送るといった一般的なこと以外、効果的な予防手段をとるのはむずかしい。やはり、早期発見・早期治療がもっとも確実だ。 犬の乳がんの場合、麻布大学付属病院の症例によれば、9歳ぐらいが最も多い。5歳になれば月に1度は飼い主みずから体をていねいになで、さすり、口の中を調べて、もししこりがあればすぐ動物病院で検査を受けることを習慣づければいい。犬にとって、大好きな飼い主に体をなでられるのは、何よりもうれしいひとときだ。人と犬との情愛を深め、そのうえがん検診にまでなるのだから、一石二鳥、三鳥の価値がある。 |
愛犬と飼い主に最善の治療手段を求めて |
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ついでに言えば、動物のがんには、手術などの外科治療や抗がん剤投与などの内科治療で根治する可能性のある「第I期」。すでにがん細胞が転移して根治は無理だが、まだ動物が元気なため、がんの増殖を抑えてクオリティ・オブ・ライフ(質の高い生活)を維持することをめざす「第II期」。がんによる全身症状が激しく、体力も低下して抗がん剤の投与も危険で、動物の苦痛や疼痛をできるだけ和らげて、残された命をできるだけ安らかに過ごせるように全力を尽くす「第III期」、がある。 治る見込みがないのに、愛犬に苦痛を与えるだけの大手術をする必要はないし、ときにはがんの苦痛、疼痛を取り除くために外科手術を施す場合もある。とくにがんの痛みは耐えがたく、憂欝な表情で食欲をなくしたり、悲鳴をあげたりすることも多い。たとえば、足の骨にできる骨肉腫は激痛を伴い、足を地面に着けられないほどになる。そんな場合はたとえ「第III期」でほかの臓器に転移して衰弱していても、患部の足を切断すれば痛みが薄れ、食欲も出て、表情が明るくなったりする。担当獣医師とじっくり話し合いながら、動物にも飼い主にも最善の治療手段を考え、実践していくべきである。 |
*この記事は、1996年9月15日発行のものです。 |
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