元気がなく歯茎が白い
放置すれば、命にもかかわる「貧血」
愛犬に元気がなく、歯茎が白くなるなどの症状が表れる貧血。
症状に気づいた時に「たかが貧血」と侮って放置すると、深刻な状態になることも。

【症状】
元気・食欲がなく、歯茎が白い

イラスト
illustration:奈路道程

 このごろ、うちの犬、元気がない。食欲がない。いつもうずくまっている。散歩に行っても、すぐにしゃがんだり、帰りたがったりする。階段の上り下りがきつそうだ。息が荒い。血尿が出る。そんな時、愛犬の歯茎が白ければ「貧血」の可能性がある。
 貧血とは、何らかの原因で血液中の赤血球が減少する症状だ。赤血球には、体を構成する無数の細胞に酸素を運ぶ「ヘモグロビン」という赤い色素が含まれている。赤血球が減少して酸素不足になれば、個々の細胞は、血流に乗って運ばれる栄養素を酸化分解させてエネルギーを取り出すことができず、衰弱する。そして放置すれば、各部の組織、臓器が機能不全となり、命にかかわる。
 一般に、貧血の要因には、ケガや悪性腫瘍などの病気に伴う「失血」、栄養不良や骨髄の病気などによる赤血球の「造血機能の低下」、赤血球の異常な「溶血」などが考えられる。
 なお、通常、寿命が百二十日ほどの赤血球は、寿命が尽きるころ、順番に脾臓や肝臓、骨髄などで壊される(溶血という)。しかし、何らかの要因で赤血球が脾臓や肝臓、骨髄、または血管内で過剰に壊されれば、貧血状態となる。
 そのような貧血の要因で、特に犬に目立つのは、体を病原体などの外敵から守る免疫機能にかかわる「免疫介在性溶血性貧血」や、マダニが媒介する病原体(原虫)の感染症である「バベシア症」、「タマネギ中毒」などだ。
 

【原因とメカニズム】
免疫システムの問題やマダニを介しての原虫感染症、食べ物による中毒など
 
●免疫介在性溶血性貧血

原因不明の「特発性」の場合
 動物の体は、“免疫”という、体内に侵入するウイルスや細菌などの外敵を識別し、攻撃するシステムで守られている。だから、もし、血管内に入った病原体が赤血球に感染すると、それを感知した免疫システムが赤血球ごと退治してしまう。
 ところが、犬によっては、その体質により、明らかな原因がないにもかかわらず、免疫システムが自己の赤血球を“外敵”と見なして攻撃し、次々に破壊して貧血に陥るケースがある。それを特発性の免疫介在性溶血性貧血という。

何らかの原因がある「続発性」の場合
 それに対して、何らかの原因が引き金になって犬の免疫システムが働き、血管内の赤血球を破壊することによって起こる貧血を、続発性の免疫介在性溶血性貧血という。
 原因として、ウイルス感染やワクチン接種などが考えられる。まず、犬の血管内に入ったウイルスが赤血球に感染し、増殖して、次々に新たな赤血球への感染と増殖を繰り返す。すると、外敵侵入を感知した免疫システムがウイルスに感染した赤血球を識別して、破壊していく。感染した赤血球の数が多ければ、破壊される赤血球の数も増え、犬は貧血状態になる。
 なお、ワクチン接種も、いわば弱毒化、あるいは無害化したウイルス感染によって、体の免疫システムにそのウイルスの識別・攻撃態勢を準備させるものである。だから、ワクチン接種によって免疫システムの働きが活発化し、わずかに感染した赤血球を攻撃するケースも起こりうる。


●バベシア症

 野山や公園などの草むらに潜み、通りかかった動物の体に飛びついて吸血するマダニの中には、「バベシア」という原虫が寄生していることがある。
 そんなマダニが犬に取りつき、吸血すると、バベシアが犬の血管内に侵入して赤血球に感染。増殖しては赤血球への感染を繰り返す。すると、免疫システムが感知して、バベシアに感染した赤血球を攻撃し、犬は溶血性貧血に陥ってしまう。もし、新たなマダニがバベシアに感染した犬の血を吸えば、バベシアはそのマダニの体内に寄生し、感染の輪を広げていく。
 バベシアに感染したマダニは、中国地方や四国、近畿地方の野山に多く生息していることが知られているが、近年は、東海から関東地方へも感染による被害が広がり始めている。


●タマネギ中毒

 犬がタマネギやネギ、ニンニクなどを含む人間の食べ物を食べると、それらの植物のある成分の酸化作用によって赤血球が変形しやすくなる。そのような変形した赤血球が脾臓で破壊され、溶血性貧血を起こす。


【治療】
症状に合わせた免疫抑制療法を行う
 
●免疫介在性溶血性貧血の場合

 免疫介在性溶血性貧血の場合、免疫抑制療法によって、赤血球を破壊する免疫システムの力をいかに抑えるかが治療の基本となる。
 そのため、通常、副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)を投与する。それで症状が改善しない難治性の場合、ステロイド剤のパルス療法(大量・集中投与)を行ったり、ヒトの免疫グロブリン製剤や抗がん剤を投与したりすることもある。
 治療期間は症状や個体差があるが、数か月程度かかる場合も少なくない。その間、免疫力の低下や薬剤の副作用に注意し、余病を併発しないような努力が求められる。


●バベシア症の場合

 現在、かつてあったバベシア症の特効薬が製造されていないため、症状緩和に有効な抗生物質を何種類か併用して治療する。
 もっとも、治療の基本はいかに症状を抑え、犬の免疫力を回復させるかにあるため、症状が改善しても、犬の体内からバベシア(原虫)が駆除されるわけではなく、以後、いわゆる「無症状キャリア」の状態が続く。そのため、老化や病気などに伴う体力・免疫力の低下によって、再発する可能性もある。


●タマネギ中毒の場合

 タマネギ中毒には、特に有効な治療法はない。さらに摂取しなければ自然に治癒する。


【予防】
子犬の時から適切な健康管理を行う
 
●免疫介在性溶血性貧血の場合

 犬の免疫応答性の問題が大きいので、予防法はない。病気の引き金になるようなウイルス感染を防ぐために、子犬の時から適切なワクチン接種を行うことが大切だ。まれにそのワクチン接種が引き金になることもあるため、接種後、どこかおかしいと感じたら、すぐに動物病院で詳しい診察を受けてほしい。


●バベシア症の場合

 バベシア(原虫)の感染を予防する方法はない。ポイントは、いかにマダニの感染を防ぐかで、特に春から秋にかけてのマダニの繁殖シーズンに野山を散歩させるのなら、丁寧にブラッシングすることが大切だ。なお、スポット・タイプのダニ殺虫剤を定期投与すれば、犬の体表に付着したマダニを早期に駆除できる。


●タマネギ中毒の場合

 ネギ類やニンニクなどを含む人間の食べ物を食べさせないこと。また、愛犬が拾い食いをしないように、日ごろから、食品や残飯の管理に気をつける必要がある。


*この記事は、2005年6月20日発行のものです。

監修/山陽動物医療センター 院長 下田 哲也
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