ヘルニアになる
ヘルニアとは、おもに腹腔内の臓器・組織が、
腹腔を守る筋肉の「すきま」から体腔外に「脱出」する病気だ。
犬では、おへそのまわり、足の付け根、肛門のまわりなどのヘルニアがめだつ。
監修/動物メディカルセンター 院長 北尾 哲
大阪府茨木市中穂積1の6の45 TEL 0726・22・1717

腹腔内の臓器が「脱出」する

illustration:奈路道程
 動物のお腹(腹腔)には、胃、肝臓、膵臓、十二指腸、小腸、大腸、膀胱…とたくさんの臓器が腹膜につつまれて、毎日休みなく働いている。
 心臓と肺の収まる胸(胸腔)は背骨と肋骨で守られているが、多くの臓器があるお腹は、いわば、筋肉や筋膜で背骨に吊り下げられた状態で、よく言えば、柔軟、流動的、悪く言えば、不安定である。そのうえ、呼吸のたびに、胸腔が広がって腹腔を圧迫。また、食餌のたびに食べ物や飲み物が胃から腸へ入り、さらに膀胱に尿、大腸に便もたまる。もともと高い腹圧がいっそう高くなる機会が多いのである。
 そんなとき、おへそや足の付け根(そけい部)、肛門のまわり(会陰部)など、腹膜を守る筋肉にいくらか「すきま」のある部位に問題があれば、腹膜につつまれた臓器が体腔外に押し出されることもある。これが「ヘルニア」(正確には「外ヘルニア」といい、腹腔内の臓器が横隔膜のすきまや裂け目から胸腔など、体腔内の別の部位に出ていくのが「内ヘルニア」)である。
 なお、百科事典によれば、「ヘルニア」とは、ラテン語で「脱出」の意味とか。よく日本で一般に「脱腸」と呼ばれるが、「脱出」するのは、腸だけではなく、「すきま」や「裂け目」の大小により、脂肪はじめ、膀胱、胃、膵臓、脾臓、肝臓などもある。

「へそヘルニア」と「そけいヘルニア」
   犬がヘルニアになりやすいのは、先にも少しふれたが、おへそ、足の付け根(そけい部)、肛門のまわり(会陰部)などである。
 おへそは、胎児が母親から栄養や酸素をもらう生命線の「へその緒」を切断したあとで、筋肉も皮下組織もなく、皮一枚で腹腔とつながる、お腹でいちばん弱いところである。その「すきま」が生まれつき大きかったり、成長するにつれて広がったりすると脂肪組織や大網(だいもう=腸全体をつつむ脂肪の膜の一種)、さらに小腸の一部が「脱出」するおそれがある(よく人間の赤ん坊で泣きが入ると、出べそになったりするのも、それだ)。
 また、足の付け根(そけい部)は、腹壁をつらぬいて、動脈や静脈、神経などが足のほうにのびる部位である。その「すきま」が生まれつき大きいと、腹圧が強くなったときに、腸管の一部などが「脱出」するおそれがある。
「すきま」が小さければ、脂肪組織の一部がわずかに脱出する程度。また、大きければ、腸管の一部(まれに膀胱が反転して脱出する場合もある)が自由に「出入り」して、それほど大問題にならないことが多い。困るのが、たとえば、腸管の太さぐらいの「すきま」が開いているときだ。いったん、「脱出」した腸管の一部が戻ることができなくなり、鬱血して腫れてくる。そうなれば、腸管内の流れがストップし、嘔吐、食欲不振、発熱など、腸閉塞同様の症状が現れる。そのまま、半日、一日放置すれば、腸管が壊死して、くさり、腹膜炎をおこして、命にかかわりかねない(脂肪組織にも血管があるため、同様の事態になることもある)。
 おへそや足の付け根付近に異常なしこり、ふくらみが見つかれば、動物病院でくわしく検査を受けること。腸管などが「脱出」したままなら、すぐに切開手術して、臓器を元にもどし、「すきま」周辺の筋肉組織や筋膜を寄せて、縫い合わし、「すきま」をふさぐ。もし、腸管の具合が悪ければ、その部分を切除して、健康なところ同士を縫い合わす。腸管は新陳代謝が活発で、傷口の回復は早く、術後二日前後で流動食をとれるようになる。あとは十分な栄養と軽い運動で、日ごとに元気になるだろう。
 おへそや足の付け根(そけい部)周辺のヘルニアの多くは、生まれついて、その部位の「すきま」が普通以上に大きい犬が、成長の過程でその「すきま」がさらに広がったり、急に腹圧が強くなったりすることをきっかけになりやすい。別に腸管が詰まらなくとも、大切な臓器が薄い皮膚の下にあれば、何かの事故や動物同士のケンカなどで、傷を受けるおそれもある。早めの治療が大切である。

高齢期の犬にめだつ「会陰ヘルニア」
   一方、肛門のまわり(会陰部)の「会陰ヘルニア」の場合、高齢期の犬、とくに雄犬になりやすい。肛門のまわりは肛門括約筋や内閉鎖筋、尾上筋、肛門挙筋など筋肉が取りまいているが、ちょうどその奥(頭側)が骨盤腔にあたり、元々「すきま」が大きい。それが、老齢化とともに各筋肉がおとろえ、細く、薄くなっている。さらに問題なのは、「会陰ヘルニア」に苦しむ犬には、単に高齢期だけでなく、以前から心臓や呼吸器系が悪くてはげしく咳こんだり、内臓に腫瘍ができていたり、肥満や前立腺肥大などの病気で、普通以上に、筋肉のおとろえた会陰部に腹圧が強くかかり、周囲の脂肪、直腸、ときには膀胱までが「脱出」したりすることだ。
 この場合、「すきま」を補強すべき周辺の筋肉が弱いために、それらを寄せて、縫い合わすことはむずかしい。また、高齢で病弱なため、手術の負担はできるだけ減らさねばならない。そんなとき、からだの細胞組織に害の少ない特殊なシリコンプレートなどを患部に当てそこに筋肉を寄せるなどの外科治療(北尾式会陰ヘルニア修復術)をおこなうこともある。なお、「会陰ヘルニア」は雄犬に多く、男性ホルモンの関与も考えられるので、治療の際、ほとんどの場合、同時に去勢手術もおこなう。ついでにいえば会陰ヘルニアの多くは左・右におこりうるが、片側性の場合は右側のケースが多い。それは、お腹の右側にある最大の臓器・肝臓の影響が大きいだろう。
 犬は、以上のように「外ヘルニア」が多く、ネコに多い「横隔膜ヘルニア」などの「内ヘルニア」は少ないが、ときには、横隔膜のなかを通る食道の通り道が生まれつき広い犬が、食道と胃の結合部(噴門)や胃の上端部がその「すきま」に「脱出」する「食道裂孔ヘルニア」になることもある。 

*この記事は、2001年1月15日発行のものです。



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