椎間板ヘルニア2

【症状】
背中の痛みや足のふらつき、のろのろ歩きに要注意

illustration:奈路道程

 愛犬の背中に触ったり、抱こうとすると痛がる。歩く時、足がふらついたり、のろのろ歩きになったりする。ソファや階段などへの昇り降りを嫌がる…。そんな症状が見られたら、「椎間板ヘルニア」の恐れがある。すぐに動物病院で詳しく検査をしてもらったほうがいい。
 とりわけこの病気になりやすいのは、ミニチュア・ダックスなどのダックス系。その他、ビーグル、シー・ズー、ヨークシャー・テリア、トイ・プードル、柴犬など。一般には五歳以降、つまり年齢を重ねるとともに発症しやすくなるが、ミニチュア・ダックスの場合、二歳ぐらいから発症するケースもある。
 「椎間板」とは、「脊椎(背骨)」を構成する椎骨の下部(腹側)組織である「椎体」同士を結びつける円板状の軟骨である。軟らかいゼリー状の「髄核」と、その外側を取り囲む「繊維輪」から成り、脊椎にかかる力を吸収するクッションの役目を果たしている。                
 脊椎には、脳とつながる重要な中枢神経「脊髄」が走っている。脊髄は、体じゅうの末梢神経が感知した感覚や刺激情報を脳に伝え、また、脳から各部の筋肉を動かす指令を末梢神経に伝えている。ほかに、急に寒熱や痛みなどを感じて手足を動かす「反射」情報を、自ら処理する役割もある。
 脊髄は、椎骨の中の、椎体と椎間板との連結組織の上(背側)に位置している。ところが、組織の老化や外傷、あるいは先天的な要因で、椎間板が固くなったり、損傷したりすると、内部にあるゼリー状の髄核が外に出てきたり(下図タイプI)、外側の繊維輪が突き出してきて(タイプII)脊髄を圧迫。様々な神経まひを起こす。ひどくなれば、脊髄が壊死して、生涯、立ったり歩いたり、自ら排尿排便することもできなくなる。

 


【原因とメカニズム】
椎間板の老化や先天的な形成異常、無理な動作、運動による衝撃など
   多様な姿勢、動きを支える脊椎には多くの負荷がかかっている。特にクッションとなる椎間板の負担は想像以上に大きい。そのうえ、四足歩行の動物では、頭部や胴体の重みを横(地面と並行)に伸びる脊椎が支えることになり、跳んだり、体をねじったりすれば、特定の部位に大きな力がかかる。
 年をとれば、骨も水分や養分が減り、もろくなる。そうなれば、椎間板が衝撃をうまく吸収できず、ひびが入りやすくなる。その結果、内部の髄核がそのひびから外に出やすくなるわけだ。また、椎間板の本体(線維輪)は上部(脊髄が通る背側)が薄いため、髄核が上部に飛び出し、脊髄を圧迫することになる。なお、椎骨は、頸部の頸椎が7個、胸部の胸椎が13個、腰部の腰椎が7個…だが、腰椎部分に発症するケースが最も多い。
 最初に、ダックス系の犬は若い時から椎間板ヘルニアになりやすいと述べたが、その理由はいくつかある。一つは、先天的に軟骨の形成異常になりやすく、若いころから椎間板が固く、もろくなりがちだ。そのうえ、胴長のため、脊椎への負荷が大きい。さらに、室内でも元気よく跳んだり、駆けたり、ほえたりしがちで、脊椎に無理な力がかかり、椎間板を傷めやすいのである。

【治療】
軽症なら内科治療、重症なら緊急外科手術とリハビリ療法
   治療の前に、まず行うべきことがある。それは、脊髄を圧迫する椎間板ヘルニアの部位や状態と、神経まひの程度、症状を詳しく調べる神経学的検査やレントゲン検査である。
 ヘルニアの状態や神経まひの程度、症状が軽い初期の段階なら、痛みや炎症を抑える薬剤を投与する内科的治療を行っていく。患部に痛みがあれば、周辺の筋肉が緊張したままで、ヘルニアを起こした椎間板への負荷、衝撃が大きくなる。炎症があれば、患部が腫れて脊髄への圧迫も増す。痛みや炎症を抑えるだけで、症状が緩和することも少なくない。また、激しい動作を控えるために、ケージの中で安静にさせるのも有効だ。なお、緊急手術の必要がない段階なら、脊髄圧迫の原因である椎間板内の髄核を溶かす酵素を、注射器で注入する治療法も効果がある。
 しかし、足先が握りこぶしのように丸くなっていたり(ナックリング)、さらにひどくて、”腰が抜けた“状態で立つこともできないようなら、脊髄造影レントゲン検査で患部の部位と状態を正確に見極め、外科手術で、すぐに脊髄を圧迫している髄核を取り除かなくてはならない。もし、脊髄の、筋肉や腱などの動きにかかわる「深部痛覚」が失われれば、一、二日で脊髄が壊死してしまい、たとえ外科手術をしても、回復不可能になりかねない。
 椎間板ヘルニアの治療においては、外科手術に成功したとしても、治療過程の六合目。神経まひが回復するかどうかは、術後のリハビリ治療の良否にかかっている。そのなかで効果的なのは、まひした患部に刺激を与えるジェットバス療法や、犬用車椅子で散歩して機能回復を図っていく車椅子療法など。リハビリ療法で何よりも大切なのは、獣医師と飼い主、そして愛犬自身の熱意、意欲である。

これまで哺乳類の中枢神経は再生しないというのが定説だったが、自身の骨髄細胞を増殖させて患部に注入する「再生医療」技術が進展し、日本でも、最近、交通事故などで脊髄切断した犬や猫に対する試験的な「再生治療」が始められた。

【予防】
子犬期から無理な動作や運動、肥満を避ける飼い方を!
   特に椎間板ヘルニアになりやすい犬種の飼い主は、子犬期から、脊椎への過度な負荷、衝撃を避ける飼い方をすることが重要だ。例えば、肥満にならないように、食事管理をする。フリスビーやアジリティなどの激しい運動や、足を踏みはずしやすい砂利道の散歩はなるべく控える。室内が、滑りやすいフローリングの床なら、カーペットなどの敷物を敷いておく。また、ソファなどへの跳び乗り、跳び降りをさせない。興奮してむやみに走り回らないようにしつけることも大切だ。
 また、骨の変性、老化は一様に進むので、どこか一か所が椎間板ヘルニアになれば、近くのか所で再発する可能性も高い。十分に気をつけるべきである。

*この記事は、2004年1月20日発行のものです。

監修/中山獣医科病院
   院長(医学博士・獣医学博士)中山 正成
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