前肢が折れる
小型犬は特に注意したい「前肢の骨折」
最近小型犬に目立つ「前肢の骨折」。原因は大きく分けてふたつあり、ひとつは落下事故によるもの。
そして室内での習慣化した跳び下りが疲労骨折のひとつの誘因になっている。小型犬の骨は細いので、飼い主は気をつけてあげたい。

【原因とメカニズム】
小型犬に目立つ前肢の骨折。落下事故と室内での習慣化した跳び下りが原因に

イラスト
illustration:奈路道程

 犬の散歩時、きちんとリードをつけて外出する飼い主が増えるに従って、交通事故などで犬たちが骨折するケースは減少した。しかし家庭内において、特に小型犬の骨折が目立っている。
 例えばソファや食卓用のいすなどの上から跳び下りる。中にはソファの背もたれの上から勢いよく床に向かってジャンプする犬もいる。戸建て住宅でも集合住宅でも、ソファのあるリビングの床はほとんどの場合、畳よりずっと硬い木材(フローリング)でできている。もちろん、じゅうたんやカーペットを敷いている家も少なくない。それでもコンクリートの上にフローリング床を設置した集合住宅などでは跳び下りた時の衝撃をそれほど吸収できるわけではない。また、ソファの前だけに敷物を敷いている場合、ソファの背もたれから反対方向にジャンプされればどうしようもない。体の小さな小型犬なら、体高の何倍もの高さになり、骨への実質的な負荷は想像以上に大きくなる。
 それに着地した時の衝撃を体全体でうまく吸収する猫と違い、犬の場合、前肢でダンと音を立てて着地するため、衝撃がとりわけ手首とひじの間(前腕部)にかかる。この部位は、とう骨と尺骨という2本の細長い骨から構成されるが、体重数kgの小型犬などは極めて細く、折れやすい。跳び下り事故の時の衝撃が骨折を起こすこともある。そして別の原因として、毎日、何度も何度もソファなどからジャンプを繰り返していると、小さい衝撃であっても、それに応じてだんだん骨が硬く、もろくなり、疲労骨折を起こしやすくなるのである。

【骨折治療】
非開創法を活用して、自然治癒力による回復を目指す
 
●自然治癒力を活用する
 生き物の体には、高い自然治癒力が備わっている。骨折治療で重要なのは、いかにこの自然治癒力を温存・活用するかである。
 手足を構成する長骨の断面を見ると、内部は中空(髄腔という)となっていて「骨髄」で満たされ、骨の外側は硬い「緻密骨(スポンジ状の海綿骨とその周りのより硬い骨皮質からなる)」となっている。そして骨の外周は「骨膜」という線維質の被膜で覆われている。実は、この骨膜には血管や神経が走っており、骨の増生、再生を行う「骨芽細胞」がびっしりと張りついている。もし骨折すれば、その直後から骨芽細胞が、骨折部位(の血腫=血だまり)に集まってくるサイトカイン(細胞がつくる生理活性タンパク)などとともに骨の元となる「仮骨」を形成していく。この仮骨がだんだんと成熟して丈夫な骨となっていく。
 しかし、これら骨芽細胞やサイトカインは、骨折部位を切開され、直接、空気や光にさらされれば、働きが弱くなり、十分な自然治癒力を発揮できなくなる。
 ところがこれまでの骨折治療の主役のひとつ「プレート手術」では、骨折部位を切開し、骨膜に血液を送り込む周囲の筋組織を(さらには骨膜そのものを)引きはがし、金属プレートで筋肉からの血行を邪魔していた。そのため、骨折部位は「固定」されても骨膜は壊死した状態となり、仮骨が形成されにくく、癒合強度が低く、再骨折しやすかったのである。
 再骨折を恐れてプレートを長期間つけっぱなしにすると、プレート下にあって荷重から免れた骨がだんだん吸収され細くなっていくことがある。その時に慌ててプレートを取ると、再骨折や新しい骨折が起こることがある。

創外固定法・骨の構造 ●創外固定などを活用した非開創法
 犬は、たとえ骨折がきちんと治らなくても、痛みがなくなればすぐに以前同様に走ろうとして、骨折部位を痛めたり、再骨折したりする。そこで、骨折部位を切開しない、生体の自然治癒能力を活用した、創外固定などの「非開創法」を駆使して、より速く、より強く骨癒合させて、骨の弱体化、再骨折を防ぐことが大切である。そのためには、骨折後、できるだけ早く治療を実施しなければならない。
 創外固定とは、骨折部はなるべく切開せず、皮膚の外から骨折した骨にネジ付きの金属ピンを多数差し込み、皮膚の外に出ているピンを樹脂などで固定するやり方である。念のため、レントゲン撮影をして、もし骨折断面がずれていれば、まずレントゲン写真上で正確な補正値を計測し、皮膚の外に出ているピンとその固定樹脂などを動かして修正し、再固定すればいい。
 もっとも治療初期の段階で骨折部位に大きな負荷がかかっては、うまく仮骨が形成されず、骨癒合に問題が出る。そこで術後3週間ほどコルセットやギプスで骨折部位を固定したほうがいい。ただし、骨の形成、癒合、強化にはある程度の刺激、負荷が不可欠なため、あまり長期間、固定していてはいけない。また、術後2週間ほどは、ケージ内で安静状態を保つことがすすめられる。そうして、仮骨の形成具合、仮骨から新たな骨への成熟と骨癒合の状態をチェックしながら、創外固定のピンを抜いていく。通常、1か月半から2か月ほどで創外固定を外せるほどに回復することが多い。
 なお、仮骨形成時、骨折断面に多少のずれがあっても、患者自身の絶妙な骨形成作用・骨吸収作用によって、ずれた部分が自然に再構築され、形状が元通りになっていく。


【予防】
室内環境の整備としつけ、飼い方の工夫
 
 特に室内での犬たちの骨折予防には、室内環境の整備と、しつけや飼い方の工夫が有効である。室内環境の整備としては、厚手のじゅうたんやカーペットを床全面に敷き詰めたり、床材に弾力のあるコルクなどを使用したりするのがいいだろう。またソファの全周囲に階段を設けて、そこを通って段階的に降りるようにさせる。
 一方、しつけや飼い方の工夫とすれば、いすはいつも机の下に入れて登れないようにすること。また、子犬の時からソファやいすの上に登らないようにしつけたり、毎日、戸外でたっぷり散歩したり、運動させ、室内で過度にはしゃがないようにさせることが必要だろう。特に小型犬の場合、あまり戸外で運動させず、室内での遊び、かけっこで代用しているケースも目立つが、十分な運動量を確保するため、またストレス解消のためにもできるだけ戸外で散歩、運動をさせたほうがいい。
 なお、小型犬の場合、自転車の買い物かごに乗せていた愛犬が突然地面に跳び下りて前肢を骨折したり、首につけたリードで宙ぶらりんとなり、足を自転車のフォークに挟んで骨折するケースもある。要注意である。
 イタリアン・グレーハウンドとトイ・プードルは、体重の割には前腕が長くて細い傾向がある。これらの種類で前腕骨折が起こった場合、従来のようにプレートを使って治療すると癒合不全となる可能性がある。

*この記事は、2008年5月20日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 義弘


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