肛門の病気
痛くてつらいオシリの病い
排便のたびに激痛がオシリから頭まで駆け抜ける。痛みを恐れると、便秘になる。無理をすれば目玉が飛び出るほどに痛い。人でも犬でも肛門の病気は大変だ。
人間の場合は「痔」。犬の場合はどんな病気が多いのだろうか。
監修/千代田動物病院 院長 竹橋 史雄

年をとるとなりやすい肛門のう炎
イラスト
illustration:奈路道程
 一説によれば、人類は2足歩行を始めてから痔に悩まされるようになったという。では4足歩行の犬たちはどうか。人間とまったく同じ痔になることは少ないかもしれないが、肛門にまつわる病気は意外に多い。しかも犬に不運なことは、飼い主が病気に気づかなければ、動物病院の門をたたくこともできず、症状が悪化してから通院しがちなことだ。
 犬の肛門の病気で最も多いのが、肛門のう炎である。「肛門のう」とは、肛門の左右に2つある、特有の臭いのする分泌液を出す「袋」のこと。有名なのは外敵に強烈な臭気の液体を噴射するスカンクの例だが、とにかく犬の肛門のうからは排便のたびにウンチと一緒に分泌液がしみ出て、マーキングの役目を果たしている。みずからの縄張りを主張するマーキングといえば、散歩のたびに犬が電柱や塀、石垣などあちこちにオシッコするのを思いだすが、排便もオオカミの昔にさかのぼる立派なマーキング行為だったわけである。
 肛門のうが炎症をおこして管が詰まり、分泌液が内部に閉じこめられ、泥状になって炎症がひどくなると大変だ。始めは不快感でお尻をモジモジさせていた犬が、炎症のために膿がたまり、真っ赤に腫れてくると痛くて、痛くて我慢できなくなる。痛みがひどくて排便ができずに便秘となれば、最悪だ。
 治療の方法はまず膿を出し、内部を洗浄して炎症が治るの待つ。そのあとで肛門のうの摘出手術をする。肛門のうがなくても、犬に支障はない。かえって、ここからアレルギー物質を吸収してアレルギー疾患になるという説もあり、そうであれば、摘出手術をしたほうが健康によい。飼育環境や食生活に関係なく、年をとればなりやすい病気である。

肛門周囲腺腫や肛門周囲瘻、肛門脱
   肛門のう炎の次に多いのが、「肛門周囲腺腫(せんしゅ)」である。肛門のまわりには腺組織がめぐっていて、とくに年をとった雄犬が腺組織の良性腫瘍になりやすい。手術で腫瘍を切り取るしかないが、老犬で麻酔をかけるのが危険な場合、患部に零下20度以下に冷やした針を刺して凍傷をおこさせ、腫瘍が自然にボロボロとくずれるのを待つ治療法もある。悪性腫瘍の「肛門周囲腺がん」になるケースもある。要注意である。
 さらに肛門の奥、直腸との接合部分のひだが細菌感染して化膿するのが「肛門周囲瘻(ろう)」である。人間の痔瘻と同種の病気で、巣穴のような瘻管が幾本も外表部まで伸びていく。そうなれば、瘻管部分をごっそりと切り取り、直腸を直接肛門部分に縫い合わさねばならなくなる。完治しても、直腸によって肛門が奥に引っ張られて狭くなり、便が出にくくなることもある。とくにシェパードに多い病気である。
 そのほか、下痢などで肛門の粘膜が炎症をおこして肛門外に飛び出す「肛門脱」や、直腸や結腸が飛び出す「直腸脱」や「結腸脱」もある。初期症状なら患部を肛門内に押し込んで縫っておけばおさまるが、下痢症状などを治さないかぎり、再発する。とくに胃腸の弱い子犬に多い。また、年をとった雄犬に目立つ病気に、会陰ヘルニアがある。これは肛門まわりの筋肉がやせおとろえて、腹圧が直接肛門側に抜け、骨盤内の腸などの臓器や脂肪が肛門近くまでせりだす病気である。ひどいと膀胱(ぼうこう)までがせりだし、オシッコが出なくなる場合がある。そうなれば一命にかかわる事態になる。

散歩時にオシリの健康チェックを
   このように肛門の病気にはさまざまなものがあるが、そのほとんどが老化とともに症状が悪化してくる。また肛門周囲腺腫や肛門周囲瘻、会陰ヘルニアなどはホルモンに関係して、雄犬がかかりやすい。
 初期症状のときに処置すればたやすく治るが、手遅れになれば手術も大変だ。とにかく肛門周辺を手術すれば、括約筋を切開しなければならないことも多い。結果、術後、一時肛門のしまりが悪くなり、便がもれやすくなることもある。もっとも、肛門周辺は血液の循環が豊かで、術後の回復が早く、患部がウンチで汚れても化膿することはほとんどない。
 いずれにせよ、人間の痔と同じで、つまらぬ羞恥心にこだわる必要はない。飼い主がどこかおかしいと感じたら、動物病院ですぐに検診を受けるべきである。
 そのためにも、飼い主はふだんから愛犬の排便行動に十分注意をはらうべきだ。しきりにオシリを舐めたり、尻尾を追う動作を繰り返していないか。地面や床にオシリをすりつけようとしていないか。便意をもよおしても、うろうろと歩きまわってなかなか排便しようとしないといったことはないか。便の切れはどうか。あるいは肛門のまわりが腫れていないか。排便時、痛くて鳴声をあげていないか…。その気になれば、チェックポイントはいくらもある。
 とにかく、オシリの痛みが慢性化すれば、おだやかな愛犬もイライラとした性格に変わり、咬みつきやすくなる。オシリの健康チェックを散歩時の日課にしていただければ幸いである。

*この記事は、1996年11月15日発行のものです。

●千代田動物病院
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