めまい・歩行異常・意識障害になる
「水頭症」や「脳腫瘍」など、愛犬の脳内に何らかの異常があると、ふらついたり、ぐるぐるまわったり、
痙攣発作や意識障害になることも少なくない。

愛犬の動作が変だと感じたら

illustration:奈路道程
 うちの犬、このごろ、歩き方が変。部屋の壁に頭をぶつけたまま、もがいてる。散歩に行くと、からだが右に傾いて、右のほうばかりぐるぐるとまわりだす。まだぼけるような年じゃないのにな。あるいは、突然、からだが痙攣(けいれん)したり、じっとしたまま、動かなくなったり…。そんなとき、脳内に、なにか異常がある場合も少なくない。
 呼吸や心臓の拍動。歩くこと。食べること。見ること。聞くこと。臭いをかぐこと。暑さ、寒さを感じること。物事を覚えたり、考えること。それら、動物の生命維持と心身の働きは、「脳(神経細胞)」の仕事である。その重要な脳をまもるため、硬い頭蓋骨があり、そのなかで、脳は丈夫な三層の髄膜(ずいまく)におおわれ、たえず髄液に浸されている。
 しかし、脳を浸す髄液の量が増えたり、流れが妨げられたりして脳圧が上がり、脳(神経細胞)を圧迫したり(水頭症)、感染症などで髄膜脳炎になったり、脳に腫瘍(しゅよう)ができたりすれば、いろんな障害、症状がおこってくる。
 人の場合なら、「頭痛がする」「めまいがする」「吐き気がする」など、初期症状を訴えて、早期発見・早期治療にむすびつくことが多いが、犬やネコなら、黙って耐えているだけで、飼い主には、「今日はすこし元気がないわ」という程度にしかわからない。脳内の病気が進行し、歩行困難や旋回、痙攣発作、意識障害など、重い症状が現れてはじめて、通院するケースがほとんどである。

脳腫瘍の場合
   たとえば、脳腫瘍ができれば、犬にどんな症状が出やすいのか。それは、脳のどの部位にできるかにかかわってくる。もし、脳のクモ膜から発生する髄膜腫などが前頭葉を侵していれば、人なら「理性」がきかなくなり、衝動的な言動がめだってくるかもしれないが、それほど前頭葉が発達していない犬たちには、あまり大きな変化が現れるわけではない。
 しかし脳腫瘍が大脳皮質の運動野や感覚野などを侵すと、歩けなくなったり、皮膚の感覚がなくなったり。またその奥の脳幹部が侵されたら、顔面神経、三叉神経などの脳神経麻痺がおこったり、さらに意識障害となって、昏睡状態になりかねない。
 人の場合、髄膜腫なら、外科手術によって切除する治療法が一般的だ。しかし犬やネコなどの場合、外科手術をおこなうケースはまだ一般的ではない。獣医療技術・設備的に、脳外科手術に対応できる動物病院が少ないこともその要因のひとつだろう。しかし、それだけでなく、ある程度病気が進行した状態で発見されることが多く、たとえ外科手術によって、うまく髄膜腫を切除できたからといって、術後管理、合併症の問題や、後遺症が残らないとはかぎらない。そして費用と動物の寿命も考え、手術の負担をかけるべきかどうかで、判断にまようことが多いのである。
 より高度な獣医療が普及すれば、今後、より安全な腫瘍の切除や、放射線を腫瘍に照射して小さくさせ、負担も後遺症もできるだけ少ない治療法も可能になるかもしれない。
 もちろん、良性腫瘍であっても発生部位によっては、手術や放射線治療もむずかしく、悪性腫瘍で浸潤が激しい場合には、治療できない可能性もある。的確な検査・診断をもとにして、じっくりと獣医師と、どうすべきか話し合うことが大切だ。

愛犬と飼い主家族のケア
   水頭症になって、起きているとき、ケージのなかでぐるぐると旋回行動をとってばかりいる犬でも、飼い主が呼びかければ、そちらに顔をむけ、シッポをふり、飼い主のことをわかっていると思われることもある。たとえ重い病気でも、飼い主と愛犬とがコミュニケーションをとれれば、愛情も増す。そんな場合でも、いざ、飼い主が家庭でうまく介護できるかどうか、となると、話は別だ。つきっきりで病状をチェックし、薬で安静状態をたもち、点滴で栄養補給をするような介護は、素人にはなかなかむずかしい。
 それは、いわゆる痴呆(ちほう)様の症状が出ている場合も同じだ。犬においては、痴呆症自体がまだわかっていないところが多い。そうは言っても、徘徊、旋回や夜鳴き、遠吠えなどが重なると、飼い主家族の介護負担が大きくなる。薬を使って症状をやわらげたり抑えることができる場合もあるが、完治することはむずかしい。症状が進行してくるとますます飼い主にかかる負担が増えてくる。そんなとき、飼い主家族のケアをする支援体制が必要にちがいない。人同様に高齢化の道をつきすすむ犬やネコと飼い主家族とを支えるターミナル・ケアの問題が、今後、いっそう重要度を増していくだろう。
 とにかく、意識障害や四肢のマヒにかかわる病気には、肝臓疾患や腎臓疾患、あるいは糖尿病から派生するもの、もしくは椎間板ヘルニアなど脊椎の病気、中毒など、さまざまな病因も考えられるから、脳内のCT検査などだけでなく、血液検査やレントゲン検査などで慎重に診断して、病因にあわせた適切な治療が必要なことは言うまでもない。素人判断の予断によって、病気の発見と治療が遅れることも少なくない。ふだんから、愛情こまやかに愛犬、愛猫に接し、どこかおかしい、と思ったら、すぐにかかりつけの動物病院で診てもらうことが大切だ。
 なお、周期的に痙攣や意識障害などの発作をおこすてんかんについては、本誌第36号のクリニックページを参照していただきたい。

*この記事は、2001年7月15日発行のものです。

監修/えのもと動物病院 院長 柄本 浩一
札幌市手稲区前田三条7丁目5の10 TEL 011-681-1212
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