お尻を床にこすりつける
小型犬に多くみられる「肛門嚢炎」
愛犬が“お尻を床にこすりつける”原因は様々。
特に肛門嚢炎によることが多く、初期症状のうちに適切な治療を行わないと、
愛犬はひどい痛みに悩まされることになる。

【症状】
しきりにお尻をなめたり、床にこすりつける

イラスト
illustration:奈路道程

 愛犬がしきりにお尻をなめたり、お尻を床にこすりつけたり、しっぽを追うような動作をし始めれば、肛門周辺に何か問題が発生していることが多い。放置すれば、症状がひどくなる疾患もある。日ごろのしぐさ、動作がどこか変だ、と思ったら、できるだけ早く動物病院で診察してもらったほうが安心だ。

●肛門嚢炎の場合

 犬のお尻がかゆくなったり、不快になったりする病気で特に多いのが「肛門嚢炎」だ。「肛門嚢」とは、犬や猫など、以前は縄張りをつくって生活していた動物が、自分のにおい(分泌物)をウンチにつけて排便し、縄張り宣言をするために活用する一対の“におい袋”で、肛門の四時と八時の位置にある。通常、液状の分泌物が蓄えられているが、何らかの要因で炎症を起こすと、患部が腫れ、むずがゆくなる。炎症が進むと、赤く腫れあがり、痛みも激しく、夜中、痛みで急に起き上がったり、飼い主が患部付近を触ろうとすると、嫌がり、うなることもある。
 また、排便時、痛みがひどく、うまく排せつできないこともある。放置すれば、化膿して破れ、痛みも激しく、周りに膿が落ち、悪臭が漂って、悲惨な状況になる。


●肛門嚢炎以外の疾患の場合

 なお、犬の肛門周辺がかゆくなる要因には、肛門嚢炎のほか、アトピー性皮膚炎、真田虫(条虫)などの寄生虫によるもの、肛門を保護する分泌物を出す肛門周囲腺にできる腫瘍(良性が肛門周囲腺腫、悪性が肛門周囲腺がん)、肛門周辺の外傷、肛門周囲瘻管(肛門周囲の汗腺や毛穴が細菌感染によりトンネル状に腐って穴が開く疾患)などもある。初期症状のうちに正確な診断・治療が求められる。

 


【原因とメカニズム】
加齢による体力、肛門括約筋の機能、免疫力の低下などが引き金になりやすい
 
●肛門嚢炎の場合

 肛門嚢炎は小型犬に多い病気だ。特に犬が中高年になってくれば、肛門の開閉を行う括約筋の力が弱まり、ウンチがうまく切れず、肛門周囲が汚染されやすい。軟便や下痢がちの犬も同様である。
 実は、肛門嚢は括約筋の間にあり、そこから「導管」が開口しているため、肛門周りが汚いとウンチ片が導管に詰まりやすくなる。小型犬は「導管」も細いため、詰まりやすい。そうなれば、肛門嚢にたまった分泌液が排せつされずに膨らんでいき、また、導管に詰まったウンチ片によって細菌感染しやすい。中高年になれば、免疫力も低下し、感染を防ぐ力も弱くなる。
 あるいは、肛門嚢腺が過剰に分泌し、“におい袋”の中に分泌物がたまりやすくなる。また、高齢化で括約筋の収縮力が弱まると、肛門嚢の分泌物を絞り出す力も弱く、内部にたまって炎症が起こりやすくなる。炎症が起こると、分泌物が泥状になり、さらに詰まりやすくなる。症状悪化の要因が重なるわけだ。


●肛門周囲腺の腫瘍の場合

 高齢化すると、腫瘍などもできやすくなる。肛門の周辺なら、肛門を保護する分泌物を出す肛門周囲腺の「腫瘍」もよく知られる。これはオス犬に多い病気で、肛門周囲腺は男性ホルモンの影響で肥大化しやすい。そのうえ、高齢化すれば腺組織が腫瘍化しやすく、放置すれば人の親指大ほどになることもある。これは良性腫瘍だが、肥大化すれば炎症も起こりやすく、破裂しやすい。破裂すれば出血し、痛みもひどい。たまに悪性腫瘍、肛門周囲腺がんになるケースもあり、放置すれば周辺のリンパ節などに転移して命にかかわる。


●肛門周囲瘻管の場合

 肛門周囲瘻管は、シェパードなどの大型犬で、しっぽが垂れがちの犬がなりやすい。肛門周囲の換気が悪く、湿っぽくなって汗腺や毛穴が細菌感染を起こしやすいためである。


●皮膚炎の場合

 犬がお尻をなめたり、床にこすりつけ、肛門の病気かと思えば、肛門周囲やしっぽの付け根がアトピー性皮膚炎になっていることも少なくない。花粉などのほか、室内の化学繊維がこすれたり、トリミング時にバリカンが周辺に触れて皮膚炎を起こすこともある。


【治療】
初期症状の間に適切な外科治療を行う
 
●肛門嚢炎の場合

 肛門嚢炎の治療は、初期なら、肛門嚢を絞って、内部にたまった分泌物を排せつするだけで症状が改善することも多い。しかし腫れがひどく化膿すれば、患部を切開して膿を出し、内部を何度か洗浄・消毒して、縫合。細い管を挿入して、分泌物の排せつを促す。肛門嚢炎は再発しやすいため、飼い主の了解を得て、術後一か月後ぐらいに、あらためて左右の肛門嚢を切除することも少なくない。なお、肛門嚢は切除しても問題はない。


●肛門周囲腺腫の場合

 肛門周囲腺腫は小さいうちに腫瘍を切除する。しかし、再発しやすいため、以後も要注意である。なお、腫瘍の切除と同時に去勢すれば、再発しても進行を遅らせることができる。たまに悪性の肛門周囲腺がんになることもあるため、腫瘍が発見されたら、切除手術をする前に組織の一部を取って病理検査を行い、良性か悪性かを確かめる。
 万一悪性なら、肉眼で観察できる腫瘍組織の周辺までがん細胞が浸潤しているので、切除範囲を大きくする。なお、肛門周辺は、あまり大きく切除できないので、良性であれ悪性であれ、できるだけ早期に治療することが大切だ。悪性の場合、正確にがん組織をすべて切除することが難しいため、外科手術ののち、放射線治療を行うことが望ましい。


●肛門周囲瘻管の場合

 肛門周囲瘻管の場合、汗腺や毛穴の奥に深いトンネル(病巣)ができるため、周辺組織を深く切除しなければならない。それと同時に、断尾して肛門周囲の通風性を確保し、再発を防ぐ必要がある。



【予防】
定期的な肛門嚢絞りと肛門周辺の観察
 
●肛門嚢炎の場合

 肛門嚢炎の予防には、シャンプー時、肛門嚢を絞ることを習慣づけ、分泌物を定期的に排せつさせることが有効だ。また、普段から肛門周辺をよく観察して、正常な状態を把握していれば、肛門嚢が腫れたり、肛門周囲腺が腫瘍化したりすれば、初期の段階で発見でき、治療できる。
 なお、若犬の時に去勢していれば、肛門周囲腺腫になる確率も低くなる。もっとも、メス犬でも肛門周囲腺に腫瘍ができるケースもある。その場合、悪性のことが多いため、気をつけてほしい。


●アトピー性皮膚炎の場合

 アトピー性皮膚炎の場合、薬用の抗アレルギーシャンプーで洗い、患部を清潔に保つこと。またアレルゲン(原因物質)が不明確なことが多いため、獣医師と相談して、どんな時、どんなふうに症状が悪化するのかを冷静に分析して、原因の特定を行っていくことも必要だ。


*この記事は、2005年4月20日発行のものです。

監修/千代田動物病院 院長 竹橋 史雄
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