咳(せき)をする
愛犬がゴホ、ゴホと咳をしはじめたら、要注意。 子犬ならケンネルコフ、中高年の犬たちなら気管虚脱や心臓疾患、フィラリアなど、さまざまな病気がひそんでいることが多い。
監修/千村どうぶつ病院院長 千村 収一

ウイルス感染の「ケンネルコフ」や「ジステンパー」

イラスト
illustration:奈路道程
 動物は、鼻や口から空気を吸い、肺で酸素を血中に採り入れ、血中の炭酸ガスを放出して生きている。鼻や口から肺にいたる経路が呼吸道であり、そのうち、のどから肺までを気管という。気管のなかで、途中から二つに枝分かれし、左右の肺に向かう部分が気管支である。
 のどや気管、気管支になんらかの異常がおこると、咳(せき)が出る。その原因は、犬の場合、ウイルス感染から、心疾患や肺疾患、気管の変形、フィラリアなどさまざま。
 たとえば子犬が咳をすると、まず疑わしいのは、一般にケンネルコフ(英語で犬の咳)といわれる、ウイルス感染による伝染性気管支炎や咽喉頭炎などだ。
 とくに冬場は、ウイルスが活性化し、反対に動物は寒さによって体の免疫力が落ちる。子犬は、生後しばらく、母犬の初乳から得た「移行抗体」のおかげで免疫があるが、だんだんに効力がなくなってくる。それを補うのがワクチン接種だが、ワクチンをうつ前にパラインフルエンザなどのウイルスに感染すれば、免疫力の弱い子犬は、ケンネルコフになる。
 よく子どもたちへのクリスマスプレゼントとして子犬を飼いだす家庭もあるが、冬場はウイルス感染の危険が大きいので、十分に注意が必要だ。
 ケンネルコフは、動物病院で、吸入治療や抗生物質の投与で炎症をおさえ、栄養をつけて体力をつければ、回復していく。しかし子犬が咳をし、治療をしても治らないとき、注意すべきはジステンパーである。もし感染していれば、発熱、下痢や肺炎、さらにチックなどの脳神経症状が現れて、死にいたる。現在はワクチン接種が普及して感染率も低下したが、子犬が生まれてから、家庭にやってくるまで、あるいは、動物病院で二〜三回のワクチン接種が終わるまでにどこかで感染するおそれもある。子犬の健康状態をチェックし、ワクチン接種が終わるまで外出やほかの犬との接触をひかえるべきだ。

気管がつぶれる「気管虚脱」
   中・高年の犬で、肥満気味の短頭種犬、つまりパグ、シーズー、ポメラニアン、ペキニーズなどがガーガーといったはげしい空咳をしだしたとき、疑うべき病気が「気管虚脱」である。
 気管や気管支は周囲を軟骨や筋肉が取りまいて、呼吸しやすいように、筒状の形を維持している。しかし短頭種の犬たちは首や胸がぎゅっとつまった体型なので、胸部に負担がかかりやすい。そのうえ太っていれば、さらに負担が大きく、何年もたつうちに気管を守る軟骨がつぶれてくる。
 また、それら短頭種の犬たちは、鼻の穴(外鼻腔)が狭く、強く呼吸しないといけないことが多い。そのような無理が積み重なると、気管がだんだんに変形し、気管虚脱になりやすいのである。
 気管がつぶれれば、呼吸がしづらいだけでなく、むやみに咳が出て、体力をさらに消耗する。手術によって、つぶれた気管のまわりにコイルをまく治療法もあるが、心臓の近くがつぶれていれば、手術もむずかしい。また、高齢犬だと、手術の負担も大きくなる。とにかく、「咳」は体力を消耗するだけでなく、気管にたいへんな負担となる。上記の短頭種犬を飼っていれば、小さいときから食べすぎ、肥満、運動不足にならないよう心がけ、胸への負担を減らす必要がある。また、外鼻腔の狭い犬は、早くから手術で広げて呼吸に無理がかからないようにするのがいいだろう。

「咳」と心臓や肺の病気

(上)正常な気管
(下)気管がつぶれている状態
 なんらかの原因で心臓が肥大すれば、心臓の上を通る気管が圧迫されて、呼吸しづらくなり、咳をするケースもある。その症例でよく知られるのが、マルチーズなどの小型犬に多い「僧帽弁閉鎖不全症」だ。
「僧帽弁」は、左心房と左心室のあいだにある。肺で酸素を採り入れた血液は、肺静脈から左心房に入り、僧帽弁がひらくと、左心室に入る。その血液は、左心室から心臓の強い収縮運動で大動脈に送られ、体内を循環する。しかし本来柔軟な僧帽弁が弾力を失い、カリフラワー状に変形して、きちんと閉じることができなくなれば、血液は左心房に逆流する。そうなれば、左心房はだんだんに肥大して、真上を通 る気管を圧迫して、気管がつぶれてくる。「咳」が心臓疾患の重要なサインとなるわけである。
 そのほか、フィラリアが蚊から感染し、その成虫が肺の血管に集まると、肺の血管が閉塞して「肺高血圧症」になり、肺での酸素交換がうまくできず、ゼイゼイと咳が出る。近年は予防薬の服用が一般 化したために、フィラリアに悩む犬たちも少なくなったが、ときには、予防の不徹底や、予防を始める前に感染していて、何年かして症状が出はじめるケースもある。
 また、慢性的な鼻やのどの病気、あるいは排気ガスやタバコの煙などで肺の状態が悪くなり、喘息(ぜんそく)のような症状に苦しむ犬もいる。早め、早めに治療して、大事にいたらないようにすべきである。

*この記事は、2000年1月15日発行のものです。

●千村どうぶつ病院
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