心臓病(僧帽弁閉鎖不全症)

【症状】
 咳や荒い呼吸などの症状が出はじめると、病気はかなり進行中

illustration:奈路道程
 マルチーズやシーズー、ポメラニアンやキャバリアなどの小型犬が中高年期(とくに7、8歳)以降、コフォ、コフォ、あるいはハフ、ハフ、と気になる咳をしだしたら、「カゼかな」、などと軽く考えず、動物病院で心臓の精密検査を受けたほうがいい。犬たちの心臓病には、生まれつき心臓に欠陥のある先天性疾患や、フィラリア症などもあるが、きわめて多いのが、小型犬たちを悩ます心臓弁膜症(正確には僧帽弁閉鎖不全症)なのである。
 この病気になり、だんだんと症状が重くなって心臓が大きくなると、気管支が圧迫されたり、肺の機能が低下して呼吸がうまくできなくなる。また、血流が悪くなり、興奮したり運動すると、貧血状態になって、足がふらつき、頭が朦朧(もうろう)として倒れたりしやすくなる。
 心臓はきわめて丈夫な臓器で、母の胎内で命を宿して以来、終生、昼夜分かたず伸縮をくり返し、酸素を含んだ新鮮な血液をからだ中に送り込む。心臓は、よく知られるように、右心房・右心室・左心房・左心室の四つの「部屋」からなっている。
 心臓の機能を簡単に言えば、大静脈から右心房に戻った血液は、次いでその下部にある右心室に入り、右心室から肺動脈で肺に送られる。肺で新鮮な酸素を含んだ血液は、今度は肺静脈から左心房に戻り、次いでその下部の左心室に入り、左心室から大動脈に送りだされていく。その間、心臓をめぐる血液の流れは、心臓の伸縮に合わせて開閉される4つの弁の働きによって、精密に制御されている。「僧帽弁」とは、そのなかの「左心房」と「左心室」の間で開閉する弁である。

【原因とメカニズム】
 心臓の弁が変性して、血液が逆流する
   先にふれたように、肺静脈から心臓の左心房に戻った血液は左心室に入ったあと、心臓の強い収縮作用により、大動脈に流出する。そのとき、「僧帽弁」は、血液が左心房に逆流しないように、しっかりと閉じている。
 ところが、マルチーズやシーズー、ポメラニアンやキャバリアなどの小型犬のなかには、歳をとるにしたがって、この僧帽弁の組織がぶ厚く変性して、ぴったりと閉じなくなるケースが少なくない。そうなれば、心臓が収縮して、左心室の血液が大動脈に流出するたびに、血液の一部が左心房に逆流することになる。毎日、10何万回も拍動をおこなうたびに血液が逆流をくり返していれば、やがて心臓(左心房)も肥大していく。また、肺静脈から左心房への血液の循環も悪くなり、肺がうっ血しやすくなる。心臓が肥大すれば、その上を走る気管支を圧迫し、肺がうっ血すれば、肺呼吸もうまくいかなくなる。逆流量が増えれば、大動脈への血流も悪くなる。
 つまり、咳をしたり、呼吸が荒くなったり、貧血状態で倒れたり、といった症状が現れるのはすでに病気が進行し、心臓や肺の状態、僧帽弁の状態がかなり悪くなってから。そのまま放置すれば、肺に水がたまったり、呼吸ができなくなり、一命にかかわる事態にもなりかねない。

【治療】
 病気の進行を抑える薬剤投与と生活改善が基本
   愛犬に僧帽弁閉鎖不全症を疑わせる症状が出れば、心臓の精密検査を受けること。動物病院では愛犬の病状を確かめながら、血圧を下げたり、心臓の筋肉が拡大するのを抑えたりする、心臓の保護薬を毎日投与して、病気の進行を抑える治療をおこなっていく。
 それと同時に、減塩、低脂肪など心臓病専用の処方食に切り替えていく。塩気が多ければ、のどが渇き、水を飲む量が増える。そうなれば、血流量も増え、心臓への負担も増加する。太りすぎも同様に心臓への負担が大きく、心臓病の大敵である。歯周病など口腔内疾患があれば、その治療も重要だ。口腔内で繁殖する細菌が血液のなかを循環して心臓に入ると、弁膜症を悪化させることもある。
 ことに家庭での暮らし方に注意、配慮が大切である。薬剤の投与は、あくまで症状の緩和をめざすもので、病気を治すものではない。だから、塩分や脂肪分の多い人用の食品を愛犬に与えないこと。また、外でほかの犬と出会うと、過度に興奮したりする場合は、ほかの犬たちが少ない時間帯に散歩に出たりする工夫も必要である。
 とにかく、血圧を下げたり、心臓の拡張を抑えたりする、心臓の保護薬をいったん飲ませはじめれば、飼い主が、毎日、生涯にわたって愛犬に飲ませつづける努力が不可欠である。途中で、少し症状が軽くなったからと、薬剤の投与をやめれば、リバウンドで、病気がひどくなることもめずらしくない。
 なお、近年は獣医療技術も進化して、人工心肺を使って心臓外科手術をおこなう事例も少しずつ増加してきた。しかし、そのような心臓外科手術の技術と設備の整った施設は、大学や一部の動物病院だけである。

【予防】
 5歳をすぎれば、半年か1年に1度は定期検査
   マルチーズなどの小型犬の場合、とくに5歳をすぎれば(咳などの症状が出る以前から)、半年か1年に1度、かかりつけの動物病院で定期検査を受け、万一、血液の逆流を示す心臓の雑音があれば、精密検査を受けて、心臓の状態をチェックしてもらっておくことが重要だ。
 病気の予防は困難でも、早期発見・早期治療をすれば、心臓病の進行を抑え、おだやかな生活を少しでも長く楽しむことができる。もちろん、ふだんから人用の塩分や脂肪分の多い食べ物を与えないなどの食生活管理も、心臓病の症状悪化を防ぐばかりでなく、健康的な生活を送るために不可欠だ。

*この記事は、2002年12月20日発行のものです。

監修/千村どうぶつ病院 院長 千村 収一
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