精巣(睾丸)が陰嚢に降りてこない
将来腫瘍になる確率が高い「停留精巣」
精巣が陰嚢に降りてこない「停留精巣」は、愛犬が年をとるにつれて健康上に様々な悪影響を及ぼす。
放置せずに、早期に去勢手術をすることが大切だ。

【症状】
片方、あるいは両方の精巣が腹腔内か鼠径部に停留する

イラスト
illustration:奈路道程

 シャンプー時、去勢前の子犬の下腹部を洗っていて、「あるべきところ(陰嚢内)」に「あるべきもの(精巣)」がないことに気づくことがある。これは、片方、あるいは両方の精巣が体内(腹腔内か鼠径部)に停留していて、陰嚢内に降りてこない「停留精巣」である。
 精巣は性ホルモンを分泌し、性成熟期になると精子をつくる生殖器官である。しかし体内に留まり、精巣が体温状態に温められていれば精子をつくることができなくなる。また性ホルモンの分泌も不十分で、性成熟しにくくなる。もし片方の精巣が体内に留まり、もう片方が陰嚢内に納まっていても、単純に考えて、生殖機能も性ホルモンも半減していることになる。
 停留精巣の問題は、生殖機能の不全ばかりではない。精巣が体内に留まり、正常に発達できないと、年をとるにつれて腫瘍になる確率が非常に高くなる。もちろん、陰嚢内に精巣が納まっていても腫瘍になることはあるが、その確率は停留精巣よりもずっと低い。しかもその場合、精巣が腫瘍化して大きくなれば(もう一方の精巣が委縮することが多い)、目視や触診ですぐに発見して治療できる。一方、体内、ことに腹腔内にあれば、早期に発見することが難しく、手遅れになりかねない。精巣が鼠径部に停留している場合は、後ろ足の付け根が膨らんでくるので、腹腔内にあるよりは分かりやすい。

【原因とメカニズム】
遺伝的要因で停留精巣になることが多い
 
 精巣は、胎生期、腎臓の後ろ側辺りで発生し、胎仔の発育とともに発達しながら下降して膀胱の裏から鼠径部に至り、通常、生後1〜2か月の間に陰嚢内に納まる。精巣の発達と下降は性ホルモンの影響によると思われるが、性ホルモンが作用しなかったり、遺伝的に精巣の発達が滞ったり、精巣がうまく鼠径部を通過できなかったりすれば、腹腔内か鼠径部に精巣が停留したままになる。
 特に停留精巣は遺伝的要素が強いと考えられ、精巣が片方だけ停留しているオス犬が交配すると、停留精巣の子犬が生まれやすい。
 また先に述べたように、停留精巣の子犬は、成犬となり、年をとっていけば精巣腫瘍になる確率が非常に高くなる。そのため、子犬に対して去勢することが精巣腫瘍の予防となる。
 精巣腫瘍の中には悪性化するものもある。また転移しやすく、周辺のリンパ節に転移すれば、尿管や腸管を圧迫して排尿、排便がスムーズにいかなくなることもある。
 また「セルトリー細胞腫」といった精巣腫瘍になれば、腫瘍化して大きくなった精巣から女性ホルモン(エストロジェン)が大量に分泌されて乳腺が腫れたり、乳頭が大きくなったり、皮膚の状態が悪くなったり、さらには造血機能を持つ骨髄に悪影響を及ぼして、再生不良性貧血を起こすこともある。また、場合によっては転移することがある。

【去勢と病気予防】
オス犬が精巣腫瘍、前立腺肥大、会陰ヘルニアなどにならないために
 
 子犬が停留精巣だったとしても、すぐに健康上の問題が発生するわけではない。しかし、前述したように、精巣腫瘍になる確率が通常の場合よりもずっと高いだけでなく、腹腔内に精巣が留まっていれば腫瘍化しても発見するのが難しく手遅れになりやすい。また、停留精巣が遺伝しやすいことなどから、性成熟を迎える前に去勢手術することが多い。腹腔内に停留する場合、精巣が未発達で小さいことも多く、手術前、画像診断で特定する必要がある。なお、精巣の停留が片方だけでも両方を取り除く。
 去勢手術の時期については、アメリカでは生後3〜4か月ぐらいに行うケースが一般的だが、日本では性成熟前の生後6〜8か月ぐらいに行うケースが多い。その後になれば、オス犬の場合はマーキングの習性が強くなり、たとえ去勢しても継続しやすい。
 さらに去勢は、精巣腫瘍以外にも精巣(性)ホルモンの影響で発症しやすいいくつかの病気を予防する効果がある。
 そのひとつが、中高齢期になると起こりやすい「前立腺」の病気である。特にコーギーやダックス系の犬種では、他の犬種と比較してかなり若い時期になることもある。前立腺は膀胱から続く尿道を取り巻くように位置する器官である。それが精巣ホルモンの影響で肥大化したり(前立腺肥大)、炎症を起こしたり(前立腺炎)、化膿したり(前立腺膿瘍)することがある。前立腺が肥大化すれば尿道や腸管が圧迫されて排尿、排便がしづらくなる。一方、炎症を起こしたり化膿したりすれば、膀胱炎を併発する恐れもある。
 また、未去勢のオス犬がなりやすい病気に「会陰ヘルニア」がある。これは肛門周囲(会陰部)にある肛門括約筋などの筋肉組織が精巣ホルモンなどの影響で年とともに薄くなり、腹圧によって腹腔内の臓器(腸管や膀胱など)がおしりの皮下にまで押し出される病気である。5、6歳以降になると会陰部の筋肉組織がかなり薄くなり始めるので、その時点で去勢しても予防効果が期待できないこともある。
 その他、精巣ホルモンにかかわる病気として「肛門周囲腺腫」などがある。これは肛門を保護する分泌液を出す分泌腺が肥大化するもので、排便がしづらくなったり、組織が破れて肛門の周りがドロドロに汚れたりする。また悪性化するものもある(肛門周囲腺がん)。
 このように、精巣ホルモンの影響で生殖器官が肥大化したり、会陰部の筋肉が薄くなったりと、その治療、手術で大変な思いをしなければならないオス犬も少なくない。マーキング防止などのマナー向上、望まれない妊娠の予防ばかりでなく、様々な病気予防のためにも、性成熟前の去勢が大切である。

*この記事は、2008年2月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部附属動物病院 腎・泌尿器科 三品 美夏
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