ズーノーシス (人獣共通感染症)
犬と人は、生物学的にみて、外見ほどの相違はない。 当然、ともにかかる病気も少なくない。愛犬を守ることは、家族を守ること。 改めて、ズーノーシス(人獣共通感染症)について考えてみよう。
監修/獣医師、アニマル・ヘルス・アドバイザー  浅野 妃美

愛犬と家族がともに苦しむズーノーシス

イラスト
illustration:奈路道程
 世の中には、犬もネコも人間も、さらに哺乳動物みんながかかる病気もあれば、哺乳動物から鳥や魚、両生類やは虫類にいたる、あらゆる脊椎動物がかかる病気もある。このような、人を含めて脊椎動物すべてにかかる病気のことを「ズーノーシス」(人獣共通感染症、あるいは人畜共通伝染病)という。ズーノーシスはこれまで一般に、「人畜共通伝染病」といわれてきた。けれども、たとえば狂犬病のように、コウモリやアライグマなど野生の哺乳動物から犬やネコ、人のあいだに広まるものがあるため、「人畜」では片手落ち。家畜・野生の垣根をはずした「人獣共通感染症」という言葉も、オウム・インコをはじめ多くの鳥類を感染源とするオウム病や、マダニを媒介して感染するライム病やQ熱などを入れるには、無理がある。そんなわけで、動物と人との感染症を意味する英語の「ズーノーシス」という言葉が最近、使われはじめている。
 このように、ズーノーシスは、動物の種類を選ばず、人にも犬やネコたちにも同様に感染する感染症、伝染病である。しかし、文化、文明の発達とともに公衆衛生の考えと技術、さまざまな予防・治療法を発達させ、人にかかわる病気の撲滅に全力をそそいできた人間とは違い、毛繕いや日光浴、水浴び、砂浴びなど古典的な健康維持が中心の動物たちは、感染症、伝染病への備え、予防対策が不十分。いつの間にかズーノーシスにかかり、結果的に、ともに暮らす人間たちに感染させる場合も少なくない。だから、人間、飼い主が率先して、共生する動物たちとの快適で楽しい暮らしを守るために、「ズーノーシス」のことを知り、感染予防を心がけることが何よりも大切ではないだろうか。

なによりも恐い、狂犬病
   ズーノーシス(人獣共通感染症)で最も有名なのが狂犬病である。犬でもネコでも人間でも、ひとたび狂犬病ウイルスに感染し、発症すれば、助からない。感染すれば、1,2週間から数ヵ月の潜伏期(人の場合で最長6年以上のケースがある)が過ぎると、目つきが変わって狂暴になり、何にでもかみつく狂躁期に入る。その後、神経系統が麻痺する麻痺期に入って、水も食べ物も唾液も飲み込めず、ついに衰弱して死に到る。狂犬病にかかり檻に閉じこめられた犬やベッドにしばりつけられた人の悲惨な末路を1度ビデオで観れば、脳裏に焼き付いて忘れようがない。
 さいわい日本では、戦後、国をあげて飼い犬への予防接種を徹底させて、昭和32年以来、狂犬病の発症例は見られない。しかし、現在でも、アジア、欧米、アフリカなどでは犬、ネコ、家畜、野生動物から人間まで感染する事例が少なくない。たとえばオランダで路上に倒れていたコウモリを拾った女性が指をかまれて感染したこともある。アメリカでは、スカンクやアライグマを媒介して、犬に、そして人間に感染するケースが目立つ。お隣の韓国で、以前、犬の予防接種を徹底させて撲滅したはずの狂犬病が、予防接種への飼い主の熱意が低下して、近年、一部地域で野生動物から飼い犬に広まりだしたという。
 平成12年1月1日から、日本では、従来の犬以外に、国内に輸入されるネコ、スカンク、アライグマなどの検疫が始まる。しかし日本にはこれまで無数の動物がほとんど無検疫で輸入されており、たとえ検疫されても、検疫時の係留期間が狂犬病の潜伏期と重なって発見できないこともある。あるいは感染動物が、貨物にまぎれて上陸したり、年間何千万も国境を越えて出入りする人間がどこかで感染するおそれもなくはない。国内の予防接種普及率が下がっていれば、何かのきっかけで国内に入った感染動物から、瞬く間に国内のペット動物や家畜、野生動物に広がりかねないのである。

愛犬の散歩帰りに気をつける
   犬にかかわるズーノーシスで注意すべきものにレプトスピラ症がある。これは病原性細菌であるレプトスピラに感染したネズミや犬、家畜の尿などを媒介して人と動物に感染する病気で、体内に入ったのち、肝臓を侵して、黄疸、嘔吐、下痢、歯茎の出血をもたらす黄疸出血型と、腎臓を侵して高熱や嘔吐、脱水症状や尿毒症をおこすカニ・コーラ型とがあり、ひどくなると命にかかわることもある。通常、野山などで愛犬を遊ばせて感染するのが一般的だが、レプトスピラを予防する混合ワクチンをきちんと接種していれば問題ない。
 また、愛犬と河原や草むらを散歩しているときに愛犬の体にとりつくマダニを媒介とする熱病もある。マダニの体内には、ライム病やQ熱など、インフルエンザのような高熱、悪寒などの伝染性熱病をひきおこす病原体がひそんでいる。愛犬の体に飛びついたマダニは頑丈なアゴで皮膚に食らいつき、じわじわと血を吸って大きくなる。
 このマダニに人が刺されたり、また無理にマダニを取ろうとしてつぶし、体液が人の皮膚に付着して感染することがある。河原や草むらなどでの散歩のあとは、愛犬の体をよく手入れし、万一マダニが付いていれば、動物病院にかけこんで処置してもらうのが安全だ。素人が取ろうとすると、体に食い込んだマダニの頭だけが残ってしまうことが多い。
 そのほか、野外をかけまわる犬やネコの体に付着して家庭内に入ってくるものに、水虫で知られる白癬(はくせん)菌がいる。水虫退治で苦労する人はよくご存じのとおり、白癬菌は感染力が非常に強く、捨てネコを拾って可愛がっていると、あっという間に家族全員に感染することもある。また皮製の首輪などをつけたまま、愛犬の体を洗っていると、湿った首輪の周辺に白癬菌がはびこったりする。通院して治っても、室内の掃除が不十分だと、残存する菌の胞子から再発することも少なくない。
 いずれにしろ、ふだんから愛犬、愛猫のブラッシングやシャンプーなどを行い、清潔にして、屋外の汚れを室内に持ち込まないこと。また室内の掃除はこまめにして、ホコリや抜け毛を取り除くこと。また、犬やネコ、そのほかの動物と遊んだあとは、かならず石鹸で手を洗うなど、衛生的な生活習慣を守ること。もちろん、予防できる感染症、伝染病のワクチン接種や予防薬の服用を欠かさないことは、飼い主としての社会的責務といえる。

*この記事は、1998年7月15日発行のものです。


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