ネコ伝染性腹膜炎 比較的めずらしい病気だが、ネコ伝染性腹膜炎という恐いウイルス性疾患がある。 ワクチンもなく、根治療法もない。なぜかはわからないが、ネコにだけかかる不治の病いである。 監修/南動物病院 院長 南 毅生 |
ウイルスが引き起こす不治の病い |
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生物の体は、それ自体1個の惑星のように無数の生命体が共生、寄生している。たいていは無害だが、なかには恐い病気をもたらすものもいる。例えば、人間でいえば、ふだんは豚に寄生して、冬、地球規模で猛威をふるうインフルエンザ。夏、蚊を媒介に人間を襲う日本脳炎。麻疹や肝炎ウイルスなどもそうだ。 かわいそうなことに、ネコ族にも天敵となる病原性ウイルスが少なくない。ネコエイズウイルスやネコ白血病ウイルスほど一般的ではないが、ネコ伝染性腹膜炎(FIP)を引き起こすコロナウイルスもその一つだ(コロナウイルスには単に下痢を起こすぐらいのものがいて、そのなかの一種が病原体となる)。 困ったことに、ネコがこの病気にかかると、現在の獣医療では根治することがほとんど不可能だ。またネコ白血病ウイルスのようなワクチンもない。ネコエイズウイルスのように感染経路も究明されていない。つまり、感染を防ぎようもなく、いったん発症すれば治しようもない病いがネコ伝染性腹膜炎なのである。 |
お腹や胸に水のたまる「ウエットタイプ」 |
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このウイルスはネコの体内に入ると、血管内を移動して、血管に炎症を起こす。炎症の場所によって症状が変わり、症状の違いから「ウエットタイプ」と「ドライタイプ」に分けられる。症例の多いのはウエットタイプで、お腹や胸の血管に炎症を起こさせ、血管の炎症部分から水分が漏れ出て腹水や胸水がたまる病気である。早期に見つけ、水を抜き、炎症を抑える薬を使って症状を緩和させれば、延命効果が高い。しかし、この「水」が、実はネコにとって「命の水」であり、長期間、「水」がたまり続けて、ついにネコは衰弱死する結果になる。 というのは、ウイルスがお腹や胸の血管に取り付き、増殖すれば、ネコの体は自然にウイルスをやっつける抗体反応を起こす。その抗体の成分がタンパク質である。不幸なことにこのウイルスは無敵だから、抗体となったタンパク質は次々に返り討ちにあって、水分とともに(多量に)血管外にもれ出ていく。たとえ養分を取っても、まるで底の割れたグラスに注ぐように、ネコの体を素通りする。ネコはやせ、衰え、ついには衰弱死してしまうのである。そのうえ、胸水がたまれば呼吸困難になり、腹水がたまれば食欲不振がひどくなり、衰弱を早めるだけ。ネコにとっても飼い主にとってもつらく悲しい病いなのである。 |
脳神経障害を起こす「ドライタイプ」 |
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では「ドライタイプ」とはどんな症状を起こすのだろうか。 先にこのウイルスはネコの血管内で炎症を起こすと言ったが、ネコの頭部に潜行して脳脊髄炎の原因となり、脳神経を侵して、テンカンなどの神経障害を引き起こすのである。ときには腎臓に入って、同様の炎症を起こす場合もある。いずれにせよ、ネコは時間とともに神経障害がひどくなり、ついには狂い死ぬ。無惨な話である。 感染後、「ドライ」となるか「ウエット」となるかは、サタンならぬウイルスだけが知っている。とにかく、ワクチンもなく、感染経路も不明だから、予防のしようがない。ただ、ネコがどこか外で(たぶんほかの感染ネコと接触して)このウイルスに取り付かれることだけは確かである。不幸中の幸いといえば、ネコエイズウイルスやネコ白血病ウイルスのように感染事例が多くないことだ。大流行もせず、ときどき、いやほんのたまに伝染性腹膜炎にかかったネコが見つかる程度なのである。またそれほど症例が少ないために、感染経路の究明もワクチンの開発も遅れているともいえるかもしれない。 とにかく、根治する可能性がほとんどないといっても、手をこまねいているわけにはいかない。様子が変だと感じたら、一刻も早く動物病院で病因を探ってもらい、少しでも症状を緩和する治療を続けることが大切だ。それに多頭飼いなら、1匹がこの病気になれば、いつの間にかほかのネコに感染する恐れも強い。食器を分け、居住環境を区分けして、2次感染を防ぐことに全力をあげながら、看護してあげねばならない。 ついでにいえば、このウイルスは人間や犬などほかの動物には感染しない。生命世界の不思議である。 |
*この記事は、1997年3月15日発行のものです。 | |
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