パルボウイルス
かつてパルボウイルスは、生後数カ月の子犬や成犬たちを次々にあの世に送りこみ、「ポックリ病」「コロリ病」と呼ばれて恐れられた。 ワクチンが開発され、ワクチン接種が一般化して、このウイルスに感染するケースはごくわずかになったが、犬たちの健康管理の不手際から感染することも少なくない。
監修/千里ニュータウン動物病院 院長 佐藤 昭司

子犬の「弱み」を突き、あの世へ送るパルボ
イラスト
illustration:奈路道程
 パルボウイルスは、弱い獲物をしつこくねらい、弱みを見せると猛然とおそいかかるハイエナのようなウイルスだ。子犬や子ネコあるいは成犬・成猫でも、免疫力の弱い動物が感染すると、ウイルスが体内をかけまわって、腸の粘膜や骨髄そしてリンパ系組織など活発に増殖を行っている細胞に取り付いてひどい「悪さ」をする。
 たとえば、腸の粘膜は3日から5日ぐらいで細胞が新しく入れ替わる。しかしその新しく粘膜を作る部位の細胞がパルボウイルスに襲撃されるため、体を細菌から守りながら、栄養を吸収する粘膜ができず、激しい腸炎症状が起こる。当然、腸粘膜からの出血が止まらず、病原菌が腸壁から入り込み、ひどい嘔吐(おうと)、下痢、血便、脱水症、敗血症、栄養失調などの症状が、体力も免疫力も乏しい子犬(子ネコ)に急に起こり、ひどければ、半日か、1日、2日ほどのあいだに命を奪う。
 あるいは、骨髄に「悪さ」をして、白血球が造られなくなってしまう。白血球が減っていけば、病原菌などから体を守ることができず、さまざまな感染症で死に至る。さらにリンパ系組織も攻撃し、免疫力の低下を助長する。なかには心臓へ攻めのぼる「心筋」タイプのパルボウイルスもいる。そうなれば、子犬はあっけなくあの世へいく。

犬とパルボウイルスとの衝撃的な出会い
   いまから20年ほど前、世界的に原因不明の病気が大流行して、生後数カ月の子犬や成犬がバタバタと倒れ、急死した。日本でも東京、大阪をはじめ各地で猛威をふるい、「ポックリ病」あるいは「コロリ病」として恐れられた。やがて原因が究明され、「パルボウイルス」による感染症であることがわかった。それまで、パルボウイルスはネコの病原菌として知られ、ネコ用のワクチンも開発されていたが、犬に被害を及ぼすとは考えられていなかった。数年後には犬用のワクチンが開発され、予防接種が普及して、パルボウイルスに感染する犬は減少した(同じパルボウイルスでもネコに感染するものとはタイプがちがう)。
 しかし、現在も、子犬を飼い始めた家庭で、このウイルスによる感染症で亡くなったり、重症におちいるケースが少なくない。
 パルボウイルスは、これに感染し、発症して下痢などを起こした犬のウンチ(あるいは嘔吐物や唾液)に混じって体外に出たあと、たとえば、母子や兄弟犬、あるいは犬舎を共有する犬同士の接触、または散歩時などに新たな(未感染の)犬に付着して、その犬の口から体内に入る。ウイルスが体外に排出される期間は、ふつうは、感染した犬の発症後一、2週間までである。しかし、パルボウイルスはものすごくタフ、頑強で、自然環境のなかで半年以上も感染力を保ったまま、生き続ける。
 だから、世話をした人の体や衣服、犬舎や室内、庭先などに付着すると、石鹸やふつうの消毒液では殺菌することができず、不幸にしてパルボウイルスの感染で死亡した子犬の代わりに、また新たに子犬を飼い始めても、ワクチン接種前に感染して、悲劇をくり返すことがある。

パルボウイルスの被害から逃れるために
   現在、子犬を飼い始めると、動物病院に子犬を連れていき、狂犬病とジステンパーやパルボなどの伝染病予防のためにワクチン接種を行うのが一般的になった。
 子犬はふつう生後、一定期間、母犬の母乳を飲んで育つ。その間、母乳(ことに初乳)を通して摂取する「移行抗体」によって、病気などから体を守る。その「移行抗体」は、生後、だんだん効力が薄れていく。それを補うために、生後2〜3回、場合によってはそれ以上、ワクチン接種を行うのである。このように、母乳の「移行抗体」から「ワクチン」へと、体の免疫力が低下せずにいけば、問題はない。
 しかし、母犬の「免疫」が弱く、「移行抗体」が十分に機能しなかったり、あるいは、ワクチンを接種するまでに子犬の心身が弱って自分の「免疫」が不十分だったり、あるいはワクチン接種が遅れたり、接種されなかったりすれば、悪いウイルスに感染しやすくなるわけである。
 そんな悲劇を避けるために、知人・友人宅から子犬をもらう場合でも、ペットショップなどから入手する場合でも、わが家に子犬がやって来たら、すぐに健康診断とワクチン接種の相談を受けに動物病院に行くことが何よりも重要だ。とくに子犬は環境の変化に弱く、元気な子犬でも、世話をする人が変わり、住まいが変わるだけで体調をくずしがちになる。生後、初乳を十分に飲んでいない子犬なら、早めにワクチン接種を始めてウイルスに対する抗体をつけておかなければ、自宅にやって来るまでにパルボウイルスなどに感染してしまう恐れもある。
 つまり、子犬が自宅に来てからワクチン接種しても、手遅れのケースがあるわけだ。子犬をもらったり、購入する前に、子犬の健康状態と健康管理のやり方、ワクチン接種の有無などをきちんと確認する。できれば、母犬の様子、兄弟犬の様子、店内展示の犬たちの様子などもよく確かめることも大切だ。
 なお、治療法、そのほかについては、「Cat Clinic パルボウイルス」で述べる。あわせて読んでいただきたい。

*この記事は、1998年5月15日発行のものです。

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