乳がん
犬が乳腺腫瘍になりやすくとも、悪性(乳がん)のものが5割前後で、早期に手術すればほとんどが治るのに対し、ネコの場合、乳腺腫瘍発症の確率は低くても、悪性の可能性は8割以上。 おまけにがん細胞が小さくても転移しやすく、治りにくいという。
監修/いずみ動物病院 院長 泉 憲明

性悪な、ネコの乳腺腫瘍

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illustration:奈路道程

 

 ネコの場合、乳腺腫瘍にかかる可能性は、犬に比べてかなり低い。それは、体質的な面もあるだろうが、実際に、雌ネコでは早期に避妊手術を受けるケースが雌犬よりもずっと多い、という事実に助けられていることも大きな要因といえるだろう。「Dog Clinic 乳がん」でもふれたが、乳がんの安全・確実な予防策は、早期(初発情以前)の避妊手術だからである(せめて、1歳か1歳半までに避妊手術をすれば、乳がんの発症の確率はかなり低い)。
 とにかく、ネコは乳腺腫瘍になると、その8割以上は「悪性」、つまり乳がんとなる。そして、ネコの乳がんは、犬のよりも質(たち)が悪く、急速に増殖してあちこちに転移し、たとえ手術しても、助からない可能性が非常に多い。とくにネコは、リンパ・造血器系統などの悪性腫瘍にかかる可能性が高く、乳腺にできた悪性腫瘍、つまり乳がんが早期に血管やリンパ節に転移しやすいといえるだろう。
 そのため、犬の乳がんが3cm以内の大きさのときに切除手術をすれば、かなりの高率(2年生存率8割以上ともいわれる)で治るのに対し、ネコは2cm以内でも助かる確率はかなり低くなる(生存期間中央値約3年)。ふつう、人間が指でさわって(触診)発見できる乳腺腫瘍のサイズは、せいぜい5mm前後以上だから、一般の飼い主が気づいたときは、もう手遅れになっているおそれが強いのである。
 なお、触診するときは時期に注意すべきだ。発情前後は、乳腺の張りがみられ、状態がわかりづらい。

乳がん予防には、初発情前に「避妊」を!
乳がんの患部。
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 そんなわけで、雌ネコを飼いだしたら、8ヵ月前後の初発情以前に避妊手術を受けることが乳がん予防の決め手となる。
 だいいち「品種」や「血統」を重視して専門的な繁殖を行うブリーダー以外、発情のたびに妊娠の可能性があり、出産のたびに、(いかに可愛くても)何匹も生まれる子ネコたちのもらわれ先探しの苦労を味わわざるをえない一般の飼い主にとって、愛猫の「避妊」問題を避けて通ることはできそうもない。そのうえ、ネコエイズネコ白血病ウイルスなど不治・難治の伝染病対策、あるいは交通事故や落下事故対策のためにも、避妊は役に立つ。いかに病気や事故防止のために室内飼いに徹していても、いったん発情期となれば、玄関ドアや窓の開け閉めのわずかの隙(すき)に外に飛び出す可能性がきわめて高いのである。
 現実的に雌ネコの避妊手術は年ごとに普及してきた。しかし成描以前の若い時期に避妊しなければ、すでに性ホルモンの影響を多大にこうむった乳腺にやがて発症するだろう腫瘍を防ぐことはできない。そんな場合、思いつけば、ゴロゴロと喉をならす愛猫をなでさするついでに、数多い乳腺組織に指をはわせ、じっくりと触診してわずかの「しこり」でもできていないかどうかをチェックしてあげてほしい。定期的に触診をくりかえしていれば、腕をあげ、またふだんの体の状態がよくわかるために、「しこり」などの異常に気づきやすくなる。
 言うまでもないが、人間の場合もみずからの触診による「異常」発見が乳がん治療の第一歩だ。人、ネコともに「早期発見・早期治療」の心がけで暮らすのも大切ではないだろうか。

がん発見でも絶望せず、心やすらかな生活を
   もし飼い主が愛猫の乳腺に「しこり」を感じたら、ためらっているヒマはない。すぐに動物病院にかけこんで詳しく診てもらい、今後の治療方法をじっくりと話し合うべきである。いかに悪性が多く、また進行が速くて転移しやすいといっても、できるかぎりの治療をしてあげたい。外科手術だけで完治しないのなら、放射線療法、制ガン剤などの化学療法、インターフェロン療法、あるいはホルモン療法などさまざまな治療法がある(なお、犬の乳がんの場合には、外科手術できない種類のもの、たとえば、患部が赤く炎症をおこす「炎症性乳がん」などもある)。
 万一、手遅れとわかっても、できるかぎり症状を抑え、愛猫の命あるかぎり、愛猫と飼い主がなるべく心おだやかに暮らすための治療、看護、介護の道をさぐるべきである。
 いずれにせよ、ネコの場合も乳がん発症のピークは10歳前後である。たとえ早期に避妊をせず、万一乳がんにかかったとしても、それまでの飼い主と愛猫の生活が楽しく、心ゆたかであったとしたら、何の役にも立たない後悔などはしないほうがいい。これまでの楽しい生活の思い出を心の糧(かて)に、これから先の日々をいかに心やすらかに過ごすことができるかに取り組むべきである。いかに難治・不治の病いであっても、飼い主と愛猫の心までむしばむことをゆるすべきではない。

*この記事は、1998年11月15日発行のものです。

●いずみ動物病院
 愛知県日進市蟹甲町家布1-3
 Tel (05617)4-1179
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